チラシのチカラ   

コンサートのお知らせに「チラシ」はつきものだ。ネットの情報が力をもつ今でも、やはり直接お客様の手に渡るチラシの存在は大きい。自分自身を顧みても、ネットではサーッと読み飛ばしてしまうような情報でも、紙媒体で手にすれば、表裏何度も引っくり返して眺め、心惹かれるものは丁寧に読むことになる。デザインから演奏会のコンセプトを感じ取ったり、文体から演奏者あるいは執筆者のお人柄を垣間見たり…。今でも、お客様の中には、パソコン、スマートフォンの類はやりません、という方がいらっしゃる。そんな方達には、昔ながらの郵送DMでのチラシ送付が不可欠だ。

というわけで、リサイタルのチラシ制作には力が入る。私がお伝えしたプログラム概要を基に、デザイナーさんが何種類かのデザインを提示。その中から一つに絞り、レイアウトやら色味やら校正やら諸々の細かい作業を何度も繰り返し、やっと完成する。チラシが出来上がると、さぁ!いよいよ始まるぞ!と、意気が揚がるのだ。

ところが悲しいかな、もらう方にしてみれば、チラシはただの1枚の紙。よほど興味が無ければ丁寧に読んだり、眺めたりはしない。チラシは「散らし」。下手をすれば、いや、多くの場合は?表と裏をチラッと眺めてふ~ん…で、お終いだ 145.png 145.png145.png

さて、リサイタルでは、いつもアンケート用紙をお配りし、お好きな曲やご感想を記入していただく。その中に「あなたはこのコンサートをどこで知りましたか?」という質問がある。今回、お答えの中に「地下鉄の中でご本人からチラシをいただきました」と、書かれている方がいた。地下鉄?はて?…。その方が詳細に書いてくださった経緯を読んで、あぁ!と思い出した。

7月、グラナドスの合唱作品の演奏会に出かけた際のこと。終演後、ホールを出て、地下鉄の乗り場を探すが見つからない。おかしいなぁ、すぐ近くだったはずなのに…。とにかく私は方向音痴というか、こういうアンテナが極めて鈍い。地図を持っていても目的地にたどり着けず、今来た道を同じ場所に戻ることも出来ない。自分では真剣に、大真面目に歩いていても、足が勝手にどこかへ向かってしまう。この時もそんな感じでウロウロしていたら、同じようにウロウロしている風情の女性がいた。「地下鉄の乗り場、こちらですよね…」と、どちらからともなく同行、二人でウロウロ。ほどなく乗り場が見つかり、そろって無事乗り込んだ。近くで何かイベントでもあったのか、車内は若者で大混雑。私達は吊革につかまり、押し合いへし合いするなかで、短い立ち話をした。

「私はピアノの友人に誘われて聴きに来ました。あなたもピアノの方ですか?」と女性。「いいえ。歌です」と私。「歌?クラシックですか?オペラとか歌曲とか?」「スペイン歌曲です。ご存知ですか?」「スペイン歌曲?知りません。歌曲ということはフラメンコとは違うんですか?どんな歌があるんですか?」「今日のグラナドスはもちろん、ファリャ、モンポウ、トゥリーナ、ロドリーゴ…沢山の作曲家の沢山の作品があります」「一曲も知らない…」「日本では本当に知られていないジャンルなんですよ」「そうですか…。それって、どこかで聴く機会はあるのでしょうか?あれば行ってみたいです。あなたはコンサートとか、されないんですか?」そこで私は、バッグの中にチラシが入っていることを思い出した。「じゃぁ、これ、チラシです。まだずっと先、11月ですけど、よろしければどうぞ」「エッ!全部スペイン歌曲のリサイタル?そんなのあるんですか?…」「途中でトークが入るので、初めてでも大丈夫ですよ」チラシの表裏をしげしげと眺める女性。と、そこで彼女の降りる駅に到着。「じゃぁ、私はここで。今日はありがとうございました」「こちらこそ、ありがとうございました。ホームページにスペイン歌曲のことを色々ご紹介してあります。お時間ある時にご覧になってみてください」混雑する車内、もみくちゃにされながら女性は降り、これまた多くの人でごった返すホームに消えて行った。

その女性が、リサイタルにいらしていたのだ。「地下鉄でいただいたチラシがどうしても気になって来ました。とても素敵な歌…」と、初めてスペイン歌曲を聴いたご感想をアンケート用紙いっぱいにご記入くださっている。嬉しいなぁ。
そういえば以前、こんなこともあった。「不思議な出会い

Viva!チラシ!チラシは「散らし」なんかじゃないぞ!

                                ⓒ藤本史昭

今年のチラシ
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by Megumi_Tani | 2017-12-03 13:16 | リサイタル | Comments(0)

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