カテゴリ:ビバ!エスパーニャ!( 72 )   

18世紀~ゴヤの時代   

日西翻訳通訳研究塾にて教養講座『スペイン史ma専科』第9回を受講した。ガラガラと崩壊の足音が聞こえ始めた前回18世紀前半に続き、今回は18世紀後半がテーマだ。

まず、近代スペイン生みの親として、今もスペイン人に敬愛されているカルロス3世登場。この王様は、啓蒙専制君主として、マドリードをはじめ各地のインフラを整備し、植民地政府内の腐敗を正し、スペインの近代化を推し進めた。

1787年、フランス革命勃発。スペインではカルロス3世が没し、次男カルロス4世が即位した。カルロス4世の妻が、スペイン史上最悪の女性?の異名をとるマリア・ルイサ・デ・ボルボン=パルマだ。彼女は夫を完全に支配し、14人の子供を産み、寵臣ゴドイと組んで権勢をふるった。わずか25歳の若さで宰相に就任したゴドイ。何が本当で何が嘘か分からない闇の時代…。

この情けない王様?カルロス4世に見出され、宮廷画家になったのがゴヤだ。


ゴヤは、今で言う報道カメラマンの役割を担い、カルロス4世~フェルナンド7世の時代のスペインを絵筆で記していった。


さて、ここからは講義の外のお話。
ゴヤ、の名が出ると、素通りできない。上記の通り、ゴヤは歴史的、政治的に貴重な作品を残しているが、彼が描いたのはそれだけではない。沢山の美しく粋な女:マハの絵姿がある。
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ゴヤが描いたマハに心奪われ、マハと伊達男マホの恋に胸ときめかせ、男女のほの暗い運命を音で描き、あたかもその運命に飲み込まれたかのごとく、英仏海峡に消えた人…グラナドス。グラナドスの遺作となったオペラ《Goyescas》は、スペルからも分かるように《ゴヤ風に》の意。代表的歌曲集《Tonadillas~昔風の粋な歌曲集》では、マハとマホの恋物語が、ショート・ストーリー風に綴られている。

今秋リサイタルでは、《Tonadillas~昔風の粋な歌曲集》の中から〈La maja dolorosa~悲しみにくれるマハ〉を演奏する。アンケートでいつも沢山のリクエストをいただく人気曲だ。歌っても、歌っても、歌うごとに悲しみが胸に迫る。大切に歌いたい。

第26回リサイタル
スペイン浪漫Ⅲ~E.グラナドス生誕150年、F.モンポウ没後30年に捧ぐ
2017年11月19日午後2時開演@Hakuju Hall(代々木八幡)
ご来聴をおまちしています♪

ゴヤが描いたマハの絵姿
~グラナドス《ゴイエスカス》より〈嘆き、または、マハと夜鶯〉










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by Megumi_Tani | 2017-06-27 23:16 | ビバ!エスパーニャ! | Comments(0)

タパスで一杯!   

このブログでもお馴染みのスペイン料理店ドスガトスが新しいメニューを始めました。
平日夜、仕事帰りに、上質のタパスとワインでお疲れを癒していただこう、という企画、名付けて「猫呑みセット」です。猫呑み??これは、店名:ドスガトス(二匹の猫)由来。シェフは無類の猫好きです(^^) 夜遅くにコース料理はちょっと重いかな、、、という方にお薦め。気軽に美味しいワインとタパスが楽しめます。
吉祥寺ドスガトス
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他にも、ア・ラ・カルト、あれこれあります。こちらはムール貝のお料理
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パエリャとcamareroのダニエル君
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by Megumi_Tani | 2017-06-15 00:00 | ビバ!エスパーニャ! | Comments(0)

18世紀~外タレ時代   

日西翻訳通訳研究塾にて教養講座『スペイン史ma専科』8回を受講した。今回からいよいよ18世紀。いよいよ、と言うべきか、遂に、と言うべきか…。


カルロス2世には嗣子がなかった。自らの死後を案じた王は、フランス国王ルイ14世に相談をもちかける。ハプスブルグ家のカルロス2世がボルボン家のルイ14世に相談。結果的に、ここでひとつ潮目が変わった。カルロス2世は自ら、スペインにおけるハプスブルグ家終焉の道筋をつけてしまったことになる。

太陽王ルイ14世は、スペインの王位継承者として、孫フィリップ・ドゥ・アンジューを指名。そうなると、ハプスブルグ家も黙っていない。神聖ローマ皇帝レオポルト1世は次男カール大公を擁立する。更に、スペインとフランスが手を組み強大化することを危惧したイギリスとオランダが宣戦布告し、ヨーロッパはスペイン王位継承戦争(17011714)に陥る。1713年、ユトレヒト条約が締結され戦いは収束するが、スペインはこの条約によって、富の権限、領土など、多くのものを失った。

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歳の若者、フィリップ・ドゥ・アンジューは、1701年、フェリーペ5世としてマドリードに入城している。1746年、63歳で亡くなるまで、スペイン史上最長の46年間、国王の地位にあった。フェリーペ5世没後は、息子フェルナンド6世が即位。有能な家臣に恵まれ、政治面、文化面で成果を上げたが、妻、バルバラ・デ・ブラガンサの死を嘆き、悲しみのあまり精神を病み、1759年、43歳の若さで死去。異母弟であるカルロス3世が王位を継承した。

さて、ここからは、当時の音楽のお話。
カルロス3世の時代に、皆様よくご存知のイタリア人チェリスト、ルイジ・ボッケーリニが登場する。彼はたまたま訪れたマドリードが気に入り定住、チェリスト、作曲家、指揮者として活躍した。一代前のフェルナンド6世の時代には、鍵盤楽器の父として名高いドメニコ・スカルラッティがポルトガルからやって来た。彼は、ポルトガルのお姫様だったバルバラ・デ・ブラガンサの音楽教師であり、彼女がフェルナンド6世に嫁ぐ際、ともにスペイン入りした。スカルラッティの多くの作品はスペインで書かれている。

歌はどうだろう?この時代、サルスエラ・アレグレやトナディーリャなど、スペインならではの舞台音楽が生まれてはいたが、そもそも、フェリーペ5世はフランスから来た王様だ。最初の妃マリア・ルイサはサヴォイ出身、2番目の妃はイタリア出身。彼らにとって、舞台音楽といえばイタリア・オペラ!!スペイン生まれの作品になど目もくれず、劇場は絢爛豪華なイタリア・オペラ一色に染まった。そこに登場するのが、イタリア人カストラート歌手、ファリネッリだ。マドリードでフェリーペ5世お抱えの歌手になった彼は、その歌声で王の無気力症を治し、王室に重用され、要職に就き、スペインにおけるイタリア趣味台頭を牽引した。

かつての栄光が、ガタガタと音を立てて崩れ落ちる18世紀スペイン。ボッケリーニ、スカルラッティ、ファリネッリ…。音楽もまたすっかり外タレ時代の感がある。哀しいかな。

映画『ファリネッリ』より



『魅惑のスペイン歌曲Ⅲ』
●6月9日、23日(いずれも金曜日)19:00~20:30
●参加費(2回セット):6,000円
詳細はこちらをどうぞ 
⇒ セルバンテス文化センター春期講座



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by Megumi_Tani | 2017-06-01 00:48 | ビバ!エスパーニャ! | Comments(0)

黄金世紀の衰退   

日西翻訳通訳研究塾にて開催中の教養講座『スペイン史ma専科』8回を受講した。

今回のテーマは「La decadencia en el Sigro de Oro~黄金世紀の衰退」フェリーペ3世からフェリーペ4世、そしてハプスブルグ家最後の王カルロス2世の時代だ。


「太陽の沈まない帝国」の名をほしいままにした黄金世紀のスペイン。地球規模の支配権を確立し、人類史上初のグローバル化を成し遂げた。セルバンテス、ベラスケス、音楽ではビクトリアに代表される宗教音楽、「王宮の歌曲集」「ウプサラの歌曲集」等の世俗歌曲、スペイン独自の発展をみせたオルガン、隆盛を極め忽然と姿を消した謎の楽器ビウエラ…。芸術の面でもまさに百花繚乱、誇り高き黄金の時代だ。


しかし、あまりにも極端な「一強多弱」が反発を買う。イギリスとオランダが打倒スペインで手を組み、ヨーロッパではスペインに関する様々に歪曲された黒伝説が流布。国内では寵臣政治がはびこり、財政が悪化。イサベル女王の時代から脈々と続く厳格なカトリックの精神は極端に突き詰められ、ついに30万人ものイスラム教徒、ユダヤ教徒を国外に追放するに至る。三つの宗教がともに生き、ともに栄えた、あの美しい時代はどこへ消えてしまったのだろう。

追放されたユダヤ人:セファルディーの歌


商業と生産業の重要な担い手を失ったスペインの経済は、ますます疲弊する。膨れ上がる借金、たび重なる国家破産宣言…。崩壊への足音はひたひたと忍び寄っていた。17世紀の締めくくり、ハプスブルグ家最後の王カルロス2世は、あたかも次なる時代を予感させるかのような悲惨な生涯を送る。


Decadencia~衰退」とは、哀しい言葉だ。ふとみれば、「衰」と「哀」は字面が似ている。

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ハプスブルグ家最後の王カルロス2世

                                                     

  


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by Megumi_Tani | 2017-04-27 22:25 | ビバ!エスパーニャ! | Comments(0)

ミツバチのささやき / エル・スール   

ビクトル・エリセ監督『ミツバチのささやき』『 エル・スール』のデジタルリマスター版が劇場初公開されている。

ミツバチのささやき』は、とある小さな村で暮らす幼い姉妹と両親の物語。主人公の少女をはじめ、登場人物ひとりひとりの心の迷宮が、静かに、丁寧に描かれていく。原題は『El espíritu de la colmena~ミツバチの精霊』。フランコ政権下で制作、沈黙のメッセージが込められた、といわれる作品だ。



エル・スール』の「スール~sur」とは「南」の意。心に秘密を潜めた家族の年月が、娘の語りで明かされていく。家族が住む「北」と父のルーツであるらしい「南」、父と父を大好きな娘の葛藤、母の苦しみ、父の乳母が語る内戦前と内戦後の矛盾、相克…。

音楽も耳を惹きつける。「南」のテーマとして、グラナドス『スペイン舞曲第5番アンダルーサ』が繰り返し流れ、父がカフェで秘密の手紙を書く場面では、同じくグラナドス『オリエンタル』が響く。カフェの店名が「オリエンタル」という設定だ。初聖体拝受式後の宴で、父と娘がパソ・ドブレを踊る。同じパソ・ドブレが父と娘の最後の別れの場面でも象徴的に使われている。そうそう、ホテルの結婚式では、「ラ・クンパルシータ」も聞こえていた。

そして、主人公エストレリャの小さな星形の指輪。「エストレリャ~Estrella」とは「星」の意。「私はエストレリャよ」星形の指輪は、そんな少女の強い意思にも感じられる。

初聖体拝受式の後、父と娘がパソ・ドブレを踊る場面


「南」のテーマ「スペイン舞曲第5番アンダルーサ」


とにかく映像が美しい。ひとつひとつの場面があたかも柔らかく繊細な絵画のよう。全体を深く支配する漆黒の闇、沈黙、秘密、哀しみ、悼み…。いつの間にか、こちらも迷宮に誘い込まれてしまいます。

3月25日に公開されたばかり。昔ご覧になった方も、もう一度いかがですか?
ユーロスペース
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by Megumi_Tani | 2017-03-31 00:00 | ビバ!エスパーニャ! | Comments(0)

フェリーぺⅡ世の時代   

日西翻訳通訳研究塾にて開催の教養講座『スペイン史ma専科』第6回を受講した。
今回のテーマは、フェリーペⅡ世の時代。16世紀、いわゆる黄金世紀のスペインだ。

フェリーペⅡ世は生涯に4回結婚している。王妃がお産で命を落とし、やむなく次の王妃を迎え入れる。その王妃がまたお産で命を落とし、再び王妃を迎え入れる…。その繰り返しだ。信仰深く、人格者であったフェリーペⅡ世は、どの結婚でも、王妃を大切に愛した。

しかし、その結婚諸々に絡む姻戚関係が、どうしようもなくややこしい。誰かが誰かに嫁ぎ、その子が誰で、その誰かの妹がどこかへ嫁に行って産んだ子が誰で、その誰かが成長して誰かの嫁になり…。ハァ、頭がジーンと痺れて来る。そう、昔、この蜘蛛の糸のごとく絡み合う相関図を覚えるのが面倒で、世界史嫌いになったのだ 008.gif

あの『ドン・キホーテ』のミゲル・デ・セルバンテス、神秘主義・神秘文学者の聖女テレサ、十字架のヨハネ、画家エル・グレコ…。黄金世紀スペインには輝かしい文化が花開いた。音楽も例外ではない。宗教音楽の作曲に生涯を捧げたトマス・ルイス・デ・ビクトリア、『ウプサラの歌曲集』ほかの世俗歌曲、独自の発展を遂げたオルガン、7人衆で知られるビウエラ…。村人の歌:ビリャンシーコ、ビリャンシーコを採り入れた村人劇、物語り歌、恋の歌、日常の人情の機微を折り込んだ歌等々、庶民の歌も大いに発達した。

太陽の沈まない帝国スペイン、黄金世紀スペイン、燦然と輝く世界の超大国スペイン。
実はすぐ後に、次なる時代が息を詰めて待ち構えているのだけれど…。

『ウプサラの歌曲集』より「何で洗いましょう?」


フェリーペⅡ世の命によって建造されたエル・エスコリアル修道院(宮殿)

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by Megumi_Tani | 2017-03-09 00:16 | ビバ!エスパーニャ! | Comments(0)

フアナは loca だったのか?   

日西翻訳通訳研究塾にて開催の教養講座『スペイン史ma専科』第5回を受講した。古代アルタミラの洞窟から、キリスト教、イスラム教、ユダヤ教の人々の共存共栄の時代、レコンキスタと称される時代、イサベルとフェルナンド、カトリック両王の時代、コロンブスの新大陸到達を経て、いよいよ「スペイン」が動き出す。

この時代のキーパーソンは、何といっても狂女王フアナ「Juana la Loca」だ。カトリック両王の次女として生まれ、17歳の時、神聖ローマ皇帝の長男であるハプスブルグ家のフェリペと結婚。美公の誉れ高きフェリペに、フアナはひと目で魂を奪われる。ところが、イケメン・フェリペは気が多く、あちらでもこちらでもモテモテだ。嫉妬、疑い、不安、寂しさ、そして何より、燃え上がる情熱、逃れられぬ愛着…。フアナはやがて正気を失ってしまう。愛するフェリペの子ども6人を産み、夫の死後、父王フェルナンドによって幽閉され、実に40年以上の年月を生き、満75歳で亡くなった。

恋に狂う女心。このストーリーは、ある意味ロマンティックで分かりやすい。夫フェリペの死後、彼の棺を引きずって荒野を彷徨った等々、奇行伝説が数多く残されている。しかしその一方で、幽閉の身ながら最後まで退位を拒み、ここぞ!という時には、息子であるカルロスⅠ世の統治を助けるべく行動した、という記録もある。息子との関係も良好だ。母思いの息子は、母の死後わずか2年でこの世を厭い、隠遁してしまう…。

そういえば、2008年の大河ドラマ『篤姫』では、堺雅人演じる徳川家定が「うつけ」のふりをしていた。またまたそういえば、スペインの前国王フアン・カルロスも、フランコ時代には「うつけ」の噂があった、と、どこかで読んだことがある。決して己の意思を示さず、常にフランコの後ろに突っ立っているだけだったから、と。しかしそのフアン・カルロス国王が、奇跡の民主化を成し遂げた。

どこまでが正気でどこからが狂気か???あるいは、どこまでかが正真正銘の狂気で、どこからかは狂気の振りだったのか???五百数十年の時を越えて、謎は深まるばかり…。

思えば、自分ってちょっと変…と怖くなること、私達でもありますものね025.gif

映画『Juana la Loca』

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by Megumi_Tani | 2017-01-31 00:20 | ビバ!エスパーニャ! | Comments(0)

東方の三賢王の日   

1月6日は「三賢王の日」です。東方から三人の賢王(メルキオール、バルタザール、カスパール) がベツレヘムにやって来て、お生まれになったばかりのイエス様に会い、乳香、没薬、黄金を捧げた日と言われます。
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前日1月5日の夜には、前夜祭として、スペイン各地で三賢王のパレードが行われます。子ども達にキャンディーが撒かれ、街中大興奮!大賑わい!今年2017年の様子がアップされていました。

バルセロナ


サラマンカ


マドリ―


セビリャ



この時期に食べるのが「ロスコン・デ・レジェス~王様の冠」  ⇒ e0172134_2016281.jpg
真ん丸で真ん中に穴が開いた、まさに王冠の形。
素朴なものから、中にクリームが入ったものまで様々。甘~い菓子パンです。
そして1月6日の朝、子ども達はプレゼントをもらいます。

12月の「クリスマス」から新春の「三賢王の日」まで、にぎやかに続く祭りの季節。

ふと、こんな歌詞が心をよぎりました。
「1月6日の朝、逆運の星がやって来て、猫が僕の靴を盗んでいった…」
ピアソラの歌曲『チキリン・デ・バチン』の一節です。真ん丸いパンどころか、食堂のゴミ箱を漁って命をつないでいる少年は、街中の子どもがプレゼントをもらうその朝、どこかから拾ってきた穴の開いた靴さえ失ってしまうのでした。。。

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by Megumi_Tani | 2017-01-06 20:30 | ビバ!エスパーニャ! | Comments(0)

イサベルとフェルナンドの時代   

日西翻訳通訳研究塾にて開催の教養講座『スペイン史ma専科』第4回を受講した。今回のテーマは、カトリック両王、スペイン史上最も有名なイサベルとフェルナンドの時代だ。

二人は大恋愛の末、両家の反対を押し切って結婚した、と、以前何かで読んだ記憶がある。日本の戦国時代同様、政略結婚が当たり前だった当時としては、かなり珍しいケースだ。1492年、イスラム最後の砦グラナダ王国の開城を経て、レコンキスタ(国土回復運動)完了。イサベルとフェルナンドは、イベリア史上模範とされる政策を遂行、統治を行う。このチャンスを逃すまいと再び己の大冒険のプレゼンに現れたコロンブスは、見事、両王から支援を取り付けた。新大陸への夢、勢いづくスペイン。

しかしこの国土回復運動と称されるものは、現代のスペインや中南米にも及ぶ大きな問題を孕んでいたらしい。更にこの時、キリスト教への改宗を拒否したユダヤ人20万人以上が国外に追放された。流浪の民となった彼らをセファルディーと呼ぶ。キリスト教、イスラム教、ユダヤ教、三つの宗教の民が共に生き、共に栄えた中世スペインの奇跡。この妙なる奇跡の崩壊に、スペインの哀しみの萌芽が潜んでいたのかもしれない。

この時代を採り上げた新刊が出ました。王家の系図など、資料も豊富です。
西川和子著『スペインレコンキスタ時代の王たち: 中世800年の国盗り物語

今も中世そのままのスペイン語で歌い継がれるセファルディーの歌。
CD『谷めぐみが歌う 魅惑のスペイン』にも8曲収録されています。





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by Megumi_Tani | 2016-12-21 23:12 | ビバ!エスパーニャ! | Comments(0)

Saló de Cent~百人会議の間   

日西翻訳通訳研究塾にて開催の教養講座『スペイン史ma専科』第3回を受講した。第2回ローマ時代~イスラムが入り込んだ時代に続いて、今回のテーマは13世紀。スペイン語の基礎完成、サラマンカ大学設立、音楽の分野で名高い賢王アルフォンソ10世も登場した。

かえすがえすもスペインというのは不思議な国だ。元々バラバラだった国?地方?が、どの時点でどのようにまとまり「スペイン」という国になったのか。これはある意味、永遠の課題なのかもしれない。キリスト教、イスラム教、ユダヤ教各々の民が互いを理解、尊重し、ゆるやかに共存し、政治、経済、文化etc.の豊かな繁栄を築いた事実は、今のこの怪しくキナ臭い時代、刮目に値する。

今回の授業は、RTV制作の歴史ドラマを視聴しながら進められる。講義の途中で、バルセロナ市庁舎「百人会議の間」が映し出された。この時代、バルセロナでは、様々な制約はあるものの、身分の異なる人々が参加できる議会がすでに成立していた。その名の通り、この「百人会議の間」で議会が開かれていたのだ。バルセロナ好き必携の小説『海のカテドラル』にも、その記述が出てくる。中世の誇り高き都市バルセロナを象徴する部屋だ。
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鮮やかな赤と黄に彩られた部屋、輝くシャンデリア、素朴に並べられた木製のベンチ…。
あの日は、6月というのにものすごく暑かった。市のお偉方のセニョーラが汗をふきふき祝辞をくださった。歌ったのはあの正面。黒いグランドピアノが部屋中の赤と黄色によく映えていた。ベンチには、師のご家族をはじめいっぱいのお客様が座っていた。演奏終了後、いきなり「さくら」について質問されたっけ…。三十年前の思い出が蘇り、つい講義そっちのけで画面に見入ってしまった。
塾頭先生、ごめんなさい。  『バルセロナに響いた日本の歌

「百人会議の間」の中の様子です

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by Megumi_Tani | 2016-12-01 23:37 | ビバ!エスパーニャ! | Comments(0)