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職人魂   

近くに一軒の和菓子店がある。ご主人は60歳代後半だろうか。いつも白い前掛け(エプロンではない!)に作業用長靴のスタイル。見るからに頑固一徹な職人さんの風情である。

先日、店の前を通ると、「私たちが作った小豆です」と写真入で生産農家の方が紹介されていた。なんと!私が育った北海道の村である。思わず店の中をのぞきこんだ。「こちらで使っているのは、この村の小豆ですか?」と私。「そうだよ。ウチはずっと小豆はここに決めているんだ。豆が良くなきゃ、上手い菓子は出来ないからね」とご主人。

「豆が5の程度なら、ああだこうだと手を加えれば、7くらいの菓子は出来る。でもそれ以上のものにはならないね。豆が良ければ、12とは言わないが、10のものは必ず出来る。豆で決まるんだ」そうか…。歌も似ている。作品が良ければ、素直に歌うだけで作品が立ち上がる。しかし作品の出来が5の程度なら、強くしたり弱くしたり、遅くしたり早くしたり、あれこれやっても、7くらいにしか仕上がらない。中には、演奏者泣かせの珍作?奇作?もある。

「最近は大抵の店が機械練りだけど、ウチは今でも手だからね。開店前の朝早くか、夜中に練る。昼間は気が散るからダメ。最後の詰めで餡の良し悪しが決まる。練りが足りなくてもダメ、練り過ぎても使いものにならない。ラジオも全部消して、集中して練る」職人の技だ…。

「ウチの自慢の羊羹を食べていっておくれ」と、ご主人自ら冷たいお茶を添えて奥から運んできてくれた。「本物は包丁を濡らさないと切れない。スイスイ切れるのは小豆をケチった証拠だよ」なるほど…。口に入れると、一瞬さわやかに、そしてその後、まったりと甘い。

「誰になんと言われても、自分の納得したものしか売りたくないからね」ご主人の顔が、誇らしげに輝いた。

炎天下の帰り道、口の中に、甘さの余韻が残る。歌う職人の私。今回の「鳥の歌」は特上の小豆だ!そう思うと少し元気が出た。我ながら、変な比喩だけど…。
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by Megumi_Tani | 2010-07-28 09:21 | エトセトラ | Comments(0)

どこにもないプログラム   

暑い。とにかく暑い。カンカン照りの今日は、ピアニストとの伴奏合わせに出かけた。

これまでに何度も本番を繰り返した曲でも、音楽作りは毎回が新しい。私とピアニスト、二人の相互理解が進む場合もあれば、曲に対する二人のアプローチが変わる場合もある。それまで鳴っていても感じ取れなかった音を耳がキャッチして、作曲者の意図が浮かび上がることもある。そんな時は歌の風景がいきなり眼前に現われ、まさに「目からウロコ」である。

一方で、20回目の今回、初めて歌う曲もある。新たな音との出会いは興味深く新鮮だ。誰のどんなCDにも収録されていないカタルーニャ語の歌。これは、バルセロナ郊外の町で一度だけ聴いた、今は亡きヴィクトリア・デ・ロス・アンヘレスの演奏が忘れられない。

そして、やはり「鳥の歌」である。素朴でシンプルな旋律。それが三人の作曲家の編曲により、三種三様、まったく異なる世界を創りだす。この驚きは、正直なところ、プログラミング時の予想を越えていた。ドラマチックであり、哀しくもあり、天に向かう心であり…。「ひとつのコンサートで“鳥の歌”をこんな風に聴けるなんて…。ファンには、たまらないですね」と言ってくれた人がいた。お客様おひとりお一人が、己が心に寄り添う「鳥の歌」に出会ってくだされば、嬉しい。

どこにもないプログラムになった。こんなに(頑固に!)凝りに凝ったプログラム、そして秘かに夢を叶えた贅沢なプログラム。10月2日、ぜひ多くの方に、お聴きいただきたい。
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by Megumi_Tani | 2010-07-20 08:39 | リサイタル | Comments(0)

バルセロナとカタルーニャとスペインと   

サッカー・ワールドカップ南アフリカ大会が終わった。サムライ・ブルーの大躍進に日本中が湧いた。何とも壮大なタイトルのテーマ曲「タマシイレボリューション」も私は好きだった。突っ張った若い強さが心地いい。

別の意味で忘れられないのは、岡田監督に対する「手のひら返し」だ。徹底的にいじめ、徹底的に持ち上げ、また一気に突き落とす。マインドコントロールの手法だ。これを繰り返されると、人間は不安になり、自分という存在が分からなくなる。監督とはメンタル面の強靭さも要求される立場なのだろうが、それにしても「よくぞご無事で…」と、心から拍手を送りたい気持ちだった。

スペインは勝ち進んだ。勝利のたびに、ニュースには熱狂するマドリード市民が映し出されていた。が、バルセロナの様子は映らない。ずっと気になっていた。『スペイン』は複雑な国である。
http://southafrica2010.yahoo.co.jp/news/ndetail/20100711-00000026-ism-socc

そして決勝、スペインが悲願の初優勝をとげた。
http://southafrica2010.yahoo.co.jp/news/ndetail/20100712-00000578-san-socc

バルセロナでもパブリックビューイングが設置され、市民が喜びを分かち合ったらしい。
イニエスタのゴール時にはテレビ視聴率が90%を超えたというから凄まじい。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20100712-00000688-san-socc

スペインはひとつのスペインではない。今秋リサイタルのテーマ「鳥の歌」は、我々外国人から見ればスペインの歌だが、正確には、そして絶対に、カタルーニャの歌だ。渡った街がマドリードではなくバルセロナだったことにも、深い縁を感じる。しかしその一方で、私はフラメンコも大好きだ。パコ・デ・ルシアやアントニオ・ガデスにもはまった。スペインの魔力が私の中で予測不能な反応を引き起こし、心を捉えた。

「鳥の歌」を軸に、カタルーニャの歌、スペインの歌を幾重にも展開するプログラムは、第20回の節目ならではの贅沢な企画だ。そして、変幻自在な歌たちに支えられて歩いて来た、私の心の軌跡そのものかもしれない。
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by Megumi_Tani | 2010-07-15 08:28 | ビバ!エスパーニャ! | Comments(0)

海のカテドラル~百人会議の間   

『海のカテドラル』~巷で話題のこの本、もう読まれた方もいらっしゃるだろうか。14世紀のバルセロナを舞台にした歴史エンターテイメント小説は、主人公が、非道、理不尽、残酷極まりない社会そして運命に翻弄されつつも、たくましく力強く生きるストーリー。展開が速く、思わず先へ先へと読み進んでしまう。バルセロナ通の友人が「これ、いけますよ」と薦めてくれたのもうなずける。
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物語のまだ始まりの部分で、主人公の義理の叔父が「百人会議」のメンバーに任命されるのを今か、今かと待っている記述がある。繁栄を極めた中世バルセロナでは、名誉市民に商人、職人階級を加えた「百人会議」が成立していた。1374年開催の第一回会議から会場として使用されてきたのが、市庁舎にある「百人会議の間」である。

話は20世紀に飛ぶ。1985年6月、その由緒ある「百人会議の間」で、私は歌った。師マヌエル・ガルシア・モランテ編曲による「日本民謡集」出版記念特別演奏会が開かれたのだ。私はこの曲集の歌詞・解説の西訳を担当していた。日本語をひと文字づつ手書きし(パソコンはおろかワープロもない時代だった)、表紙の題字は父に依頼。無事完成、出版にこぎ着け、最後の仕上げが、この演奏会というわけだった。
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バルセロナ市主催「百人会議の間」で開かれる演奏会、というのは、普通の出来事ではないようだった。師の準備にも熱が入り、事情を知った人からは「素晴らしい。おめでとうございます」と声をかけられた。当日の招待客は皆、正装。私には、師の奥様が、亡き母上から受け継いだという大切な美しいレースのボレロを着せてくれた。開会の辞、市のお偉方の長い祝辞、師の謝辞、その後、おもむろに演奏。「百人会議の間」に日本の歌が響き渡った。

師は、第20回リサイタルのために寄せてくれたコメントの中でも、この想い出に触れている。

「海のカテドラル」を読んでいると、モンジュイックの丘から見た地中海が目に浮かぶ。ゴシック地区の喧騒が蘇る。誇り高き自由都市バルセロナ。「百人会議の間」での演奏会は、私が考える以上に、名誉ある晴れ舞台だったのかもしれない。
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by Megumi_Tani | 2010-07-11 08:24 | 本の窓 | Comments(0)

一期一会   

6月29日、NHK文化センター八王子教室で「優しい名曲サロンコンサート」が開かれた。
http://megumitani.exblog.jp/12743821/

グノー「アヴェ・マリア」とヘンデル「私を泣かせてください」から始まり、シューベルト「セレナーデ」は~ひめやかに闇を縫う~の日本語で。カッチーニ「アヴェ・マリア」は敬虔かつ妖艶、儚く美しい。ショパンの歌曲「願い」「指輪」「美しき若者」は、歌詞を彼自身の人生と重ね合わせると興味深い。この日のために私が作った日本語詞で歌った。一転して「別れの曲」はヴォカリーズで。この曲は「春の日 そよ風~」の詞が有名だが、オリジナルはピアノ作品である。「こんなに美しいメロディーをこれまでに書いたことがない」と弟子に語るほど、ショパン自身にとっても会心の作であったらしい。そのご本人お気に入りのメロディーにあえて歌詞をつけて歌うのは、いかがなものか?ショパンの意思に反してはいないか?

昨今、器楽曲に歌詞を付けた音楽が流行しているが、作曲家が“旋律”で創りあげた世界に、ある意味勝手な解釈で“言葉”を付け加えることに私は疑問を感じている。言葉の力を使いたければ、作曲者本人が歌曲に仕上げていただろう。この日に歌ったロドリーゴ「わが心のアランフェス」にも、スペイン語、英語、フランス語等々の歌詞が付けられているが、オリジナルであるギター協奏曲に敬意を払い、私はずっとヴォカリーズで歌ってきた。いつか冥界でマエストロにご対面したら、胸をはって、そうご報告したい。美しい旋律は、言葉を越えた言葉を雄弁に語っている。

コンサートの締めは、待ってました!の「ラ・パロマ」
いつ歌っても、多分いつ聴いても、このハバネラはいい!!

教室にはいっぱいのお客様。日頃から熱心な生徒さんもいれば、しばらくぶりのお顔も見えた。八王子にはいささか遠い町から、ミニ・ツアーを組んで来てくれたグループもいる。満場の熱気、歌、ピアノ、合間のオシャベリ、笑い、拍手…。束の間、現実を離れ、みんなで一緒に心を解放する。コンサートはナマモノだ。同じ時間は二度とない。

「胸がキュンとなりました」と、嬉しい感想。歌を絆に積み重ねてきた一期一会、そのひとつひとつが愛おしい。
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by Megumi_Tani | 2010-07-01 08:44 | リサイタル | Comments(0)