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囁く声   

今、最も旬な話題?テレビを購入した。

4、5年前のある夜、帰宅してテレビのスイッチを入れたら、ボン!といきなり火を噴き、画面は真っ黒。それっきり映らなくなった。電気屋さんに行くと「あと何年かすると今のテレビは全部使えなくなるから、買うなら、それまでの“つなぎ”にしておいた方がいいよ」とのこと。ならば、と、そこに陳列されていたテレビデオなるものを買った。

普段はバタバタしていて、あまりテレビを見ない。それに、この廉価テレビデオ君、なかなかよく働いてくれていた。地デジ化が宣言されて久しいが、買い替えは来年に入ってからで十分、と、考えていた。ところが、最近急にそのテレビデオ君の調子がおかしくなった。「オン」を3度くらい押さなければスイッチが入らない、ボリュームを調整するとなぜかチャンネルが切り替わる、プチッ、プチッと意味不明な音がするetc。また突然、火でも噴かれたら…。「買うなら今よ!」と、主婦パワー全開の友人にも薦められ、家電量販店へ出かけてみた。

人、人、人で溢れかえっている。エコポイントの変更時期ということらしい。大音量の店内スピーカー、大声で客を呼び込む店員…喧騒の渦だ。店内をひとめぐりしてはみたものの、騒音に耐えられない。頭がガンガンしてきた。ダメだ…諦めて帰りかけた時、スッと近寄ってきた若い女性店員が私の耳元で囁いた「テレビをお探しですか?」思わず「はい」と答える私。彼女はまた囁く「ご希望は?」「これか、あちらか、と思うんだけど…」「今売れているのはこちらです。小型ですが画面がきれいですし」「操作は?」「簡単です。今、ご覧に入れます」彼女はどんどん囁き続ける。あれよあれよという間に話は進み、購入から配達の手配まで済んでしまった。

罵声や怒声は大声である。自らの感情を爆発させ、相手を叩きのめそうとする。こんな時、声は拳骨になる。野次の類は大声かつ卑劣だ。相手の怒りのツボにはまりそうなネタを瞬時に叫び、激怒、興奮させ、自滅、自爆を狙う。この場合の声は、さしずめ毒を仕込んだ手裏剣というところか。

聞き上手の人は決して大声をあげない。相手の話に耳を傾け、ゆっくりと穏やかな声で諭す。何となく“分かってくれている”気になるから不思議だ。ふと本音をもらした後で「大変でしたね」などと囁かれたら、それだけで癒された気持ちになる。まぁ、それが常套手段の悪い奴もいるけれど。

来夏をゴールに、膨大な数のブラウン管テレビが廃棄される。時代はエコ。すべてがきちんとリサイクルされるのだそうだ。が、、、、、「お届け時のリサイクル回収は国内メーカーのものに限ります」と、家電量販店の囁き嬢に念を押された。となると、国産でないテレビは、不定期に町内を回ってくる“不用品お引取り軽トラ”に託される運命というわけか。それもまた有効利用されると言うけれど…。「本当のところ、どうなるんですか?」どなたかに、納得のいく答えを囁いていただきたい気がする。
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by Megumi_Tani | 2010-11-29 09:10 | エトセトラ | Comments(0)

スペイン歌曲公開レッスン   

12月3日(金)午後6時30分から、歌曲アンサンブル研究会主催のスペイン歌曲公開レッスンが開かれる。http://members.jcom.home.ne.jp/piano/reikai/reikai.html

「歌曲アンサンブル研究会」は、ピアニスト、声楽家、一般会員が集まり、世界各国の歌曲をアンサンブルの視点から研究している会だ。ドイツリートの公開レッスンを聴講にうかがったことがある。難しい課題曲だったが、参加者の皆さんの真摯な姿勢、真剣な取り組みにとても感銘を受けた。

スペイン歌曲はその魅力のわりに、なかなか日の当たらないジャンルである。専門的に歌曲の勉強を続けている研究会で題材として取り上げられることが、私はとても嬉しい。

歌い手とピアニスト両方のレッスンというところが、また素晴らしい。これが歌曲への本当のアプローチの仕方だと考える。私のバルセロナの師はヴィクトリア・デ・ロス・アンヘレスの伴奏を長く務めたピアニストだった。彼のおかげで、私の耳は「伴奏」の本質を知ることができた。伴奏とは文字通り「伴って奏でる」ことだが、その意味は単に伴うことにとどまらない。技術面だけでなく、メンタルな意味でも、歌い手を支え、包み、導く存在だ。歌い手と伴奏者は音で語る。言葉以上に音で語る。語り合い、心を交わし合いながら、二人の音楽を創り上げていく。そして、実は歌い手は甘えん坊。伴奏者の手の中で、ちょっぴり駄々をこねさせてほしいのだ(笑)。

三人の歌い手さんと三人のピアニストさんが、どんなスペイン音楽を表現してくれるか。
先生役の私もとても楽しみにしている。
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by Megumi_Tani | 2010-11-22 07:57 | スペイン歌曲 | Comments(0)

Que será será   

昼間は小春日和でも、夜はグッと冷え込むようになった。これからの季節、夜空に煌々と輝く月が美しい。天にくっきりと浮かび上がる姿は、澄んで、どこか優しい気がする。私の場合、昼間の空を見て燦燦と輝く太陽に思いを馳せることは、まずない。一方、夜道では、よく空を見上げる。たしか、懐メロで「星は何でも知っている」という歌があった。「月は何でも知っている」そんな気がして心が安らぐのだ。

一週間か十日前、大量の黄砂が飛んだ。その日から、もの凄いアレルギー症状が出た。クシャミ、鼻水、鼻づまり…。コンコンと咳まで出て止まらない。春のスギ花粉顔負けである。ついに昨日、耳鼻咽喉科に駆け込んだ。「黄砂にやられました!」と息巻く私に、「そうだねぇ。風邪かアレルギーか、判定の難しいところ」と、いつもの笑顔で冷静沈着なお医者様。そういえば「黄砂に吹かれて」というヒット曲があった。たしか、中島みゆき作詞の格好いい失恋の歌だったような。♪黄砂に吹かれて鼻水が出た♪では洒落にもならない。鼻がつまると歌が歌えない。本当に困る。

お薬のおかげで症状は軽減。やっと少し歌えそう…。まぁ、何とかなるさ!は「ケ・セラ・セラ」Que será será⇒正確には Lo que será será、実はこれがスペイン語だっていうこと、皆さん、ご存知かしら?
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by Megumi_Tani | 2010-11-20 09:58 | エトセトラ | Comments(0)

「愛のショパン~クリスマスコンサート」   

今年はショパン生誕二百年、記念の年だった。私が講座を担当しているNHK文化センター八王子教室では、6月に「優しい名曲サロンコンサート」を開催。その中で、アヴェ・マリアなどお馴染みのクラシック歌曲とともに、珍しいショパンの歌曲をご紹介した。
http://megumitani.exblog.jp/12743821/

ショパンの歌曲のオリジナルの詞はポーランド語による。私はポーランド語を知らないし、手元にある楽譜は歌詞がドイツ語に訳されたものだ。ドイツ語=原語ではない歌詞、で歌うのなら、いっそ日本語で歌うほうが良かろう、と思い至り、自分で「日本語詞」を作った。ショパン歌曲の研究家(こういう方がいてくださるのは本当にありがたい)の著書を通じて、原詩の作者、詩が書かれた背景を調べ、その詩に曲をつけたショパンの心情を探る。初恋に胸ときめかせるショパン、実らぬ恋に傷ついたショパン、大人の恋に酔いしれるショパン…。これは訳詞ではない。原詩を基に、作曲家の意図を出来る限り表現しようと試みた作詞だ。外国語の歌詞をそのまま日本語に訳して歌うことは不可能である。「訳詞」ではなく、一定のプロセスを経た「日本語詞」が必要なのだ。しかし、その作業にマッチする楽曲は極めて少ない。それもそのはず。作曲者が「この詩だ!」と天啓を受けた作品を、安易に他の言語に置き換えられるはずもない。かくして、我ら洋物歌手の苦悩は続く…。

まぁ、そんな悩みはともかく、私の試作日本語詞は大好評!同じNHK文化センター講師、中山博之氏が開くクリスマスコンサートで再演することになった。ショパン・イヤーの締めくくり、6月に聴き逃した方は、ぜひご来場を!もちろん、スペインのクリスマスの歌も歌います。
http://www.nhk-cul.co.jp/programs/program_547543.html
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by Megumi_Tani | 2010-11-13 09:29 | 講座/セミナー | Comments(3)

寒くなりました   

ふと気づけば11月も5日が過ぎている。あの燃えるような夏から一転、秋がないまま冬に突入したような毎日。故郷からは、早々と雪の便りが届いた。子供の頃は11月3日「文化の日」に初雪が降ることが多かった記憶がある。

スペインの夏のスープは、ニンニクの効いたガスパチョ。寒い時期、体を温めてくれるのはポタージュスープか。コーン、カボチャ、じゃがいもは定番だが、バルセロナで覚えたのは長葱のポタージュ。これは美味だった。スーパーマーケットで手軽に買えるインスタント粉末を常備、愛用していた。

スープ以上に?体を中から温めてくれるのは、やはり美味しいお酒だろう。駆けつけ一杯のビール、外の寒さを忘れさせてくれる熱燗もいいが、ほんのりと体を駆けめぐるワインは心地よい。香りとともに、張りつめた心身をリラックスさせてくれる。「Bienvenidos(ようこそ)!」と、体中の細胞が大歓迎しているような気がするのは、私だけだろうか??

食後に飲む甘いお酒は、ちょっぴり危険だ。デザートにケーキではなくお酒を選ぶ人間は、要は、飲兵衛である。デザートに至るまでにもう十分に飲んでいるのに、更にまた飲むことを選択する。気が大きくなり、酔いに拍車がかかり、すでに自分が酔っ払いであることを忘れてしまう。昔々、サングリア専門のBarに招かれたことがあった。赤ワインに果物を漬け込んだこのお酒は甘くて口当たりがいい。「ジュースみたいね」と、調子に乗って飲みながらオシャベリし、いざ帰る段になると、腰が立たなかった(>_<)

よく見かける赤ワインに「Sangre de Toro」がある。訳せば「雄牛の血」。雄牛の血を飲みながら、肉汁したたるステーキを平らげるわけだ…。食欲の秋はどこかへ行ってしまったけれど、心と体に滋養をつけて、寒い季節を楽しみたい。
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by Megumi_Tani | 2010-11-05 08:39 | エトセトラ | Comments(0)