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Recital あれこれ ≪お天気≫   

「“やっぱり大雨!”というMCで会場が盛り上がっていましたが、あれはどういう意味だったのですか?私は一度も雨だった記憶がないのですが…」と仰った方がいる。そう、直近の五回は無傷、いや、無雨だった。まるで、押しも押されぬ“晴女”のように…。

しかし私は、過去に大雪を二度当てている。特に二度目の時は、前夜から深々と雪が降り積もり、朝起きると雪国かと見紛うほどの銀世界が広がっていた。「帰りの電車が止まると困るので」「転ぶと危ない、と、家族に止められたので」何本か、キャンセルの電話が入った。そりゃそうだ。私たち出演者でさえ、どうやってホールにたどり着けばよいのか分からないのだから。午後7時いざ開演。舞台に出てみると、何と!客席はほぼ埋まっていた。皆さん、厚いコートとマフラー、長靴の重装備だ。中には、せっかくの演奏会だから、と、パンプスを持参して会場で履き替えた、という女性もいた。お心がありがたい。お客様の帰りの足が心配だった。しかし終演の頃には雪が止み、美しい月が煌々と空に輝いた。

冬は物騒だから秋にしよう!ということで9月に時期を移したら、今度は台風がやってきた。前日から嵐襲来。当日の朝になっても、傘をさすこともできないほどの暴風雨が続いていた。恐ろしや…。しかし昼過ぎに台風は行き過ぎた。お客様がご来場になる頃、やはり空には輝く月。台風一過の静かな夜が訪れた。

今回は、といえば、ご来場時よりも、お帰りの時の方が荒れていた。リサイタル初記録である。横殴りの雨、吹きつける突風、妙に生温かい空気…。「土曜日のリサイタルに合わせて雨を降らせるというのは流石です」と、メール。ふむふむ、そういう褒め言葉もある。「市ヶ谷での大雪のコンサートが蘇りました」と、アンケート。あぁ古傷が…。しかし、こんな日に歌うとは何て人騒がせな女だ!とは、誰もお叱りにならない。アリガトウゴザイマスm(__)m

とんでもないお天気のなか、たくさんのお客様が駆けつけてくださいました。
本当にありがとうございました。

「雨が追悼を歌う代々木にも降りましたね。チケットを持たぬ人たちも“サクラ”を聴いていたのではないでしょうか。いつもに増して濃くて密なエネルギーを感じました」と、メールをくださった方がいる。涙雨…だったのかな。
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by Megumi_Tani | 2011-11-26 12:36 | リサイタル | Comments(0)

終演御礼   

谷めぐみソプラノリサイタル≪わが心のスペイン escena.21 絆~J.ロドリーゴ生誕110年によせて~≫終了いたしました。大雨にもかかわらず、たくさんのお客様にご来場いただきました。ご支援に感謝申し上げます。ありがとうございました。
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今日は晴れますね。スミマセン…m(__)m
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by Megumi_Tani | 2011-11-20 07:26 | リサイタル | Comments(2)

絆 2011   

明後日19日にリサイタルが迫った。何かと慌ただしい。バタバタと走り回り、夜帰宅すると、ポストに大きな包みが届いていた。差出人はバルセロナの友人。何だろう…?開けてみると、分厚い本が出てきた。『Concierto de una vida(ある人生の協奏曲)』J.ロドリーゴの伝記だ。「Barcelonaは夏が来たり、冬が来たりの繰り返しです。どんな日になろうと、11月19日はBarcelonaでmegumiさんのコンサートを聴いています!」とメモが添えられている。胸が熱くなった。歌の恩師とこの友人との出逢いが、私のバルセロナ時代を幸せにしてくれた。二人が蒔いてくれた優しい種が私の心で芽を吹き、育ち、今を支えてくれている。長い時を経ても変わらぬこの深い絆。神様からの賜りものだと、本当にそう思う。

ロドリーゴが生まれたのは今から110年前、1901年11月22日。かのカザルスがアメリカ合衆国ケネディ大統領の招きに応じ、ホワイトハウスでカタルーニャ民謡「鳥の歌」を演奏したのはちょうど50年前、1961年11月13日。もっともっと遡れば、今年は、スペイン黄金世紀の偉大な宗教曲作家ヴィクトリアの没後400年にあたる。

「所属している団体の被災地ボランティアと日程が重なり、残念ながらリサイタルにうかがえません」とメールをくれた青年がいる。北国はもう雪。大震災直後のあの寒さが蘇る。いろいろな場所で、いろいろな人が己を見つめ、心を結び合う、その尊さ、喜び。言葉に尽くせぬ思いをいっぱいに抱えた2011年。そんな年のリサイタルだからこそ、いつもの心で、いつものように歌いたいと願う。

天気予報によると、19日は曇り?雨?…。でも暖かくなるようです。
ご来聴の皆様、どうぞ足もとに気をつけてお出かけくださいませ。

たくさんの方々のご支援に心より感謝申し上げます。
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by Megumi_Tani | 2011-11-17 07:20 | リサイタル | Comments(0)

ガリーナ・ヴィシネフスカヤ   

バルセロナの私の恩師はヴィクトリア・デ・ロス・アンへレスはじめ多くの歌い手の伴奏を務めたピアニストだった。私はそのピアノでレッスンを受けていたことになる。「伴奏」の存在の大きさを、知らず知らずのうちに骨の髄まで叩き込まれた。伴奏者次第で、歌い手は自分でも信じられないほど(笑)うまく歌える。悲しいかな、まぁ、その逆もある。伴奏⇒「伴い奏でる」と書くけれど、本当のところは、共に奏でる⇒「共奏」だ。練習もリハーサルも本番も、その区別なく、二人でひとつの音楽を創りあげていく。「共創」ともいえる楽しみ。

歌い手とピアニストの「共創」に初めて鮮烈な印象を受けたのは、時を遡ることン十年、大学時代のことだ。大阪で開かれた、ソ連(当時)のソプラノ、ガリーナ・ヴィシネフスカヤのリサイタル。ピアノ伴奏は夫君、ムスティスラフ・ロストロポーヴィッチ。大変申し訳ないことだが、私はガリーナの名前も、チェロの世界的巨匠ロストロポーヴィッチのピアノの腕前も知らなかった。「へぇ~。ロストロポーヴィッチって、ピアノも弾けるの?!」くらいの、軽い気持ちで出かけたのだ。しかし…。素晴らしかった。二人が阿吽の呼吸で創りだす音楽。誰よりも舞台の上のご本人たちが楽しんでいる。その豊かな空気に包まれ、聴衆も幸せになった。シンプルなラメ入り黒ドレスの美しいガリーナと大らかなピアノを弾くマエストロ。二人の姿が今もはっきりと目に浮かぶ。「共に創る音楽の魅力」を初めて知った、忘れられないコンサートだ。

今年のピアニスト、浦壁信二さんは、ジュニア時代に、ロストロポーヴィッチ指揮ワシントン・ナショナル交響楽団と共演している。年代をたどってみると、ちょうど彼の共演と、私がマエストロ夫妻の演奏に感激したのが同じ時期ではないか、ということになった(つまり、浦壁さんは、私よりず~っとお若いのデス)。日本ではほとんど知られていないガリーナの話が通じるのは嬉しい驚きだった。

音楽の絆が、時空を超えて人と人を繋いでいく。舞台の上の私たちも、客席の皆様も、遠くから思いを寄せてくれる人たちも、共に感じ合い、ひとつになる。そんなコンサートが憧れ!
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by Megumi_Tani | 2011-11-10 08:12 | リサイタル | Comments(0)

ロドリーゴの魔力   

2011年はロドリーゴ生誕110年の年。昨年のショパン生誕200年に比べて、なんとまぁ、その注目度の低いこと…。今年があまりにも特別な年だったことを考慮に入れても、そんなこと、誰も知らないまま年が暮れてしまいそうだ。スペイン歌曲の歌い手としては何が何でも!の思いで、選曲したのがリサイタル後半のプログラムだ。

一番人気を誇るのは、なんといっても〈ヴォカリーズによる~わが心のアランフェス〉。ギターとオーケストラのための作品〈アランフェス協奏曲〉の有名な二楽章のテーマをヴォカリーズで歌う。
この美しい旋律には、後年、スペイン語、フランス語、英語etc、様々な歌詞が付けられてきた。近年では、イケメンIl Divoの大ヒットをご記憶の方も多いのではないか。私はずっとヴォカリーズで歌ってきた。マエストロが「ギター」という楽器で表現した世界を、「声」という楽器で表現してみたいと思うのだ。〈王様はバサにいらした〉〈ポプラの林へ行ってきた〉は古い宮廷歌曲を編曲した作品。そのあとに歌う小品4曲はスペインの愛嬌たっぷり!4ステージの5曲は、古典歌曲風あり、ロマンチックあり、阿鼻叫喚?のハチャメチャあり。うっとりするほど甘いかと思えば、グチャっと奇妙な和音が鳴る。まさに変幻自在。ロドリーゴ歌曲ご一行様のお通り~!というところか。

器楽の作曲家だなぁ、と思わせる作品が多い。時に歌い手泣かせ、時に伴奏者泣かせ。去年歌った〈カナリア諸島の歌〉のギター伴奏譜には、絶対に弾けない音が存在していた…。
そのくせ憎いのは、心のツボにグッと来る何かがあることだ。あぁやられそうだ、そんなにヤワじゃないぞ(笑)、と、秘かに抵抗を試みるも、やっぱりやられてしまう。ジャズやポピュラーにアレンジされた〈アランフェス〉が世界中で愛されていることからもその魅力:魔力がうかがえる。

歌もピアノも大奮闘!どうぞお楽しみください。
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by Megumi_Tani | 2011-11-05 10:03 | リサイタル | Comments(0)

下町の…   

「あの店にする?!」夕方の街を歩きながら小腹がすいた友人と私。以前から気になっていたスペインバルに行ってみることにした。

店内が薄暗くてよく見えないが、営業している気配。まず、ドアが無い!昔の西部劇に出てくるような木の門らしきものをギギーッと押して中に入る。「あの~食事できますか?」テレビを見てくつろいでいたらしいおじさんがビックリしたように立ち上がった。「え…と、できますよ。どうぞ」明らかに不意を突かれ、うろたえている。ほかに客は無し。スペイン風?の椅子に座る。「メニューを見せていただけます?」「ハイハイ」なんと!おじさんは一生懸命エプロンでメニューを拭いている。足は夏のゴム製ビーチサンダル…。「お食事はこちらです」一応、ソーセージの盛り合わせ、チーズ各種、スペイン風オムレツなんてものがあるが、ほかにはスパゲッティ、ピザ、なぜか、たこ焼きもあり。スペイン風オムレツとピザ、それに生ビールをオーダーする。おじさんは客の私たちに気を使ってテレビの音量を下げ(でも、消さない)、フラメンコのCDを流し始めた。店内は「北斗の拳」はじめ、マンガ本の山。その一角にギターが2台ぶら下がっている。「お待ちどうさまでした」ピザと一緒になぜか?割り箸とスプーンが出てきた…。ほどなくスペイン風オムレツ、すなわち、トルティーリャも運ばれてきた。どちらもまずくはない。けれど、すぐそこに見える厨房から、調理している気配がまったく伝わってこなかった…。レンジでチン?まさか…。しかも料理がのっかている器のレトロなこと!子どもの頃のカレーライスを思い出させる花柄の皿、沢庵漬けか梅干しが似合いそうな和風の小皿…。料理を出し終わると、おじさんは、それとなくCDのボリュームを下げ、自分の見ているテレビの音量を上げた。フラメンコとお笑いの音が入り混じり、不可思議な騒音状態。しかしおじさんは、輪っかにしたタオルを指でグルグル回しながら、くつろいでいる。最後にコーヒーを頼むと、今度はまっ白い百均風カップで運ばれてきた。「ミルクとシュガー(なぜかここだけ英語)はそこにあります」指差すほうを見ると、テーブルの隅のカゴにスティックシュガーと、小さなカップに入ったミルクが山盛りに積まれている。気のせいか、薄っすらとホコリをかぶっているような…。

食事を終えたところで、友人がついに尋ねた「ご主人は、なにかスペインとご縁がおありなんですか?」「いやぁ、別に。ただ何となく、まぁ好きだから」「……」店を出て、数歩行ったところで、もう我慢できない!涙が出るほど笑った。不思議な空間に、不思議なおじさん。

「下町のナポレオン」「下町の玉三郎」に習って「下町のスペインバル」と命名してあげたいけれど…無理。店の名前がスペイン語だったような気がする(あまりの可笑しさに忘れちゃった。おじさん、ごめんなさい)。店名の心意気に免じて「下町のスペイン食堂」??でも、「たこやき」が…。

おじさんのあまりにワンダーなオーラに気圧され、リサイタルのご案内をすっかり忘れてしまった私でした。
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by Megumi_Tani | 2011-11-02 09:33 | エトセトラ | Comments(2)