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共感   

2011年が暮れていく。とんでもない年だった。いろいろな事があって、そのなかを懸命に過ごしたのだけれど、どこかでピタリと時間が停止していたような気もする。

慰めの言葉、励ましのエール。その意味をあらためて深く重く考えさせられた年だった。
人は“共感”に救われる。黙って共に感じ、寄り添う心。そんな心から発された言葉が生きる支えになる。共感に満ちたひと言が人生を変えることもある。心を知らぬ慰め、きれいごとの励まし、そのあげくの身勝手なお説教は、人を傷つける。

しかし一方で、じゃぁ、あなたは本当に共感できているの?と、自分に問いかける思いがある。あまりにも大きな衝撃を目の前にして、己の共感力の小ささに心が萎える。

自分に出来ることは何なのだろう…。悶々としたあげくに出た答えは“歌で祈りを捧げること”
この願いを体現すべく臨んだ今年のリサイタルは、忘れられない会になった。アンコール曲に至ったとき、ホール中が何か大きな共感のエネルギーに包まれた気がした。舞台と客席の別なく、そして、会場に姿のある人、ない人の別なく。この大きな思いを高く、高く、空へ、空へ…。そんな気持ちで歌っていた。

来る年が明るく穏やかでありますように。切に、切に、願う年の瀬…。

皆様、今年もブログをご愛読いただきありがとうございました。
また来年!どうぞよい新年をお迎えください。
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by Megumi_Tani | 2011-12-29 11:09 | 思い&想い | Comments(0)

¡Feliz Navidad!   

¡Feliz Navidad!:スペイン語でメリー・クリスマス!
 ! がひっくり返った ¡ は、れっきとした感嘆符。うっかり逆立ちしたわけではありません。
ちなみに、スペイン語には ? がひっくり返った ¿ もあります。

クリスマス寒波がやって来た。北国は雪・雪・雪…。東京も寒い。カレンダーは三連休。あちらこちらでイルミネーションやイベントが開かれてる。でも、どことなく例年よりもシンとした静かな気配を感じるのは私だけ?いつもと同じ、の大切さと、いつもと同じ、の中にこめられた複雑な思い。き~よし~♪こ~の夜~♪ 生徒さん達と歌う〈聖夜〉も、今年は格別だった。

スペインのクリスマスといえばturrón:トゥロン。アーモンドの粉を蜂蜜で固めたお菓子。とにかく甘い。でも濃いめのコーヒーと合わせると…幸せ!そういえば、前回のブログではクレマ・カタラナが好き、と書いた。つまり、バルセロナでは、この調子で甘いもの行脚をしていたということ(^^;;
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今年は仲良しのKちゃんから、このトゥロンをいただいた。彼女の父上のご友人がスペインで買って来てくださったとのこと。その方は私のCDの「ヴォカリーズによる~わが心のアランフェス」がお好きで、お仕事でスペインへ行かれた折、わざわざアランフェス宮殿を訪ねてくださったそうな。ありがとうございます。歌を気に入ってくださったことと、そのご縁でスペインに心を向けてくださったこと。二重の喜び!!
歌の優しい絆と甘いトゥロンに感謝して¡Feliz Navidad!
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by Megumi_Tani | 2011-12-24 07:48 | エトセトラ | Comments(0)

魅惑のクアハーダ   

cuajada:クアハーダ。羊の乳をゆる~く固めたスペインの冷たいデザートです。独特の香り、微妙な食感、蜂蜜と一緒に舌の上でトロリとろける甘さ…美味。スペイン料理、と銘打っているお店でも、なかなかお目にかかれない逸品です。

おなじみドス・ガトスさんhttp://60211177.at.webry.info/
ランチ・デザート盛り合わせ
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左側の白いガラスの器がクアハーダ(ひと口食べた後です。ゴメンナサイ)。右側はクレマ・カタラナ。その名の通り、カタルーニャ地方の代表的デザート。冷たくなめらかなクリームと表面の焦がし砂糖の絶妙なバランスがポイント!かく言う私は、昔、クレマカタラナ行脚をしたほど大好物。上に見える紫色は、旬の果物リンゴの赤ワイン煮。こちらのお店、前菜、メイン、デザート、いずれも季節の素材を丁寧なお料理で楽しませてくれます。

ところで、本日のお題「魅惑のクワハーダ」を声に出して読んでみると…ミワクノクワハーダ。
「となりの客はよく柿食う客だ」風ちょっとした滑舌のお稽古になります。ちなみに、柿はスペインでもcaqui、kaki。つまり、日本語そのままの「カキ」です。 スペイン語に不可欠!巻き舌の練習法をよく質問されますが、道産子としてご紹介したいのは、札幌ラーメン法。サッポロの「ロ」とラーメンの「ラ」で舌を思いっ切りベランベランさせながら、サッポロラーメン、サッポロラーメンと連呼?します。ダルがアメリカへ行っちゃいますね…。
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by Megumi_Tani | 2011-12-21 08:24 | エトセトラ | Comments(0)

Recital あれこれ ≪エピローグ≫   

「歌い手は体育会系」と、このブログに何度か書いたが、これはまったく真実だ。本番前は根性で食べる。睡眠が何よりの薬だから根性で寝る。歌って食べて寝て、歌って食べて寝て…。これを地道に?繰り返す。当日、本番前の食事を終えると「あぁ、これでもう胃薬のお世話にならなくていいのかしらん」とホッとしたりする。

こうして体力モリモリでたくましく!本番を迎えても、実は、内心ピリピリしている。そんな時、頼もしいのがスタッフさんや助っ人君の存在だ。舞台には歌い手とピアニスしかいないけれど、コンサートは大勢の裏方さんに支えられている。支えられている、というより、彼らがいてくれるから演奏できるのだ。私はしっかり者と見られがち?だが、実は、相当ヌケけている。「キャー大変!助けて!誰か何とかして!」と、いつでもSOSを出せる安心感。これぞ、演奏成功のカギ!(スタッフの皆さん、ゴメンナサイ)

プログラム前半は、追悼、鎮魂、安寧への願いと祈りの歌、後半は一転して全曲ロドリーゴ作品。この二つのまったく異なるテーマを見事に調和、融合、昇華させるスペイン音楽の懐の深さ!しかも今回は、恩師のピアノ作品を紹介し、会場の皆さんと一緒に「ふるさと」も歌った。
今年ならではの、大切な大切なコンサートになった。感謝。

皆様のお耳とお心にも、どうぞ長く響きつづけますように。
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by Megumi_Tani | 2011-12-11 07:39 | リサイタル | Comments(0)

Recital あれこれ ≪ロドリーゴ≫   

ギター協奏曲第二楽章の旋律をヴォカリーズで歌う『わが心のアランフェス』は、ロマンティック・ロドリーゴの真骨頂!あふれる抒情、繊細なメロディー、流麗なピアノ、絵画的音の描写…。
本当に美しい。

かと思えば、これぞスペイン!のリズムに乗って、男と女のあけすけなショートストーリーが展開される曲もある。劇画的?諧謔的?

かと思えば、不可解な歌と不可解なピアノがひたすら鳴り続ける曲もある。ひとりで歌っていると意味不明。ひとりで弾いていても意味不明。歌とピアノを合わせた時、初めて「あぁ!こういうことだったのか」と分かる。グチャリと鳴る和音が時に刺激的?時にバトル?「お前たち、この曲が演奏できるか?」マエストロが面白がっているような気さえする。

かと思えば、最初から最後まで、歌にピアノがピタリと寄り添い、切々と思いを述べる歌がある。歌とピアノの別がない。語りか歌か分からない。シンプルな音と詞がひとつに溶け合い、やがて昇華していく。その切なさ、その透明感…。

かと思えば、今回歌わなかった作品がまだまだ沢山あります。

お客様には「初めての曲」連発だったにもかかわらず、よく乗って楽しんでくださいました。ホッ!

結論:ロドリーゴは魅力的だ!
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by Megumi_Tani | 2011-12-07 09:03 | リサイタル | Comments(0)

Recital あれこれ ≪ふるさと≫   

大震災からまだ間もない4月初め、P.ドミンゴの来日は本当に嬉しいニュースだった。
http://megumitani.exblog.jp/14586639/
余震だ、計画停電だと、明日が分からない毎日。何もかも自粛、自粛…。秋に予定している私のリサイタルもどうなるのか、まるで見当がつかなかった。歌なんか歌っていていいのだろうか…。私自身の迷いもあった。そこへドミンゴがやって来た!アンコールで『ふるさと』を歌う彼の姿に涙があふれた。歌い手はどんな時にも歌う、真摯に誠実に真っ直ぐに前を見て歌う、そんなことを無言のうちに教えてくれていた。傷ついた私たちの心に寄り添い、歌ってくれたドミンゴ。日本人なら誰もが懐かしいこの歌をスペイン人が歌ってくれたのに、日本人の私が歌わないのは変だ、と思った。今だから歌わなければならない歌があるはず、とも思った。よし、もしも予定通りにリサイタルを開けることになったら、今年にふさわしい中身にプログラムを組み換えよう、そして『ふるさと』を歌おう、私は心を決めた。

練習を重ねるうちに、はたと気がついた。これはお聴きいただく歌ではない。お客様の中には私よりもっとこの歌を愛している方がいらっしゃるかもしれない。秘かな思い出をお持ちの方がいらっしゃるかもしれない。そうだ!会場みんなで歌おう!朗々と歌ってくださってもいい。メロディーを口ずさまれるだけでもいい。お一人おひとりの心にある『ふるさと』を一緒に歌っていただこう!

…と、気分は高揚しつつ、当日の様子をシュミレーションしてみる。予想されるのは、大まかに三つのパターン。①お客様が遠慮、または恥ずかしがって歌わない。最後まで私ひとりの歌で終わる②一部のお客様が歌い始めるが、周りが歌わないことに気づき、途中で歌うのを止める③全員が歌って大合唱!…②のパターンが一番嫌だなぁ。浦壁さんには、本番の雰囲気に合わせてピアノを弾いてもらうことになった。誠に頼もしい。

さて、当日…予想は嬉しく大はずれ!ピアノの前奏につづいて「うさぎ追いし~♪」歌声がホールいっぱいに湧きあがった。二百数十名で歌う『ふるさと』圧巻だ。「僕の後ろの人、ものすごくいいテナーだったよ」「私の周りの方たち、自主的にハモって合唱していました」「まさか、ここで歌えるとは思わなかった」「歌詞なんかいいや、って感じで、ずっとラララで気分よく歌わせていただきました」等々、お客様も大いに楽しんでくださったご様子。ホッ!ありがとうございました。

2011年ならではのリサイタル、2011年ならではの歌。
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by Megumi_Tani | 2011-12-06 08:23 | リサイタル | Comments(0)

Recital あれこれ ≪ヴォカリーズ≫   

私はスペイン語が好きだ。スペイン語を話すことも、スペイン語で歌うことも、それだけで楽しい。とても美しい言語だと思う。なぜか、万華鏡のイメージがある。華麗かつ精緻なラビリンス…。
その大好きなスペイン語で書かれた歌詞の内容を出来るだけ歌う私本人の感性でお伝えしたい、と、願い、拙いながらも自分で大意を訳す。以前、歌詞の中のたった一言に心を奪われ、歌った曲もあった。そう、言葉というものへのこだわりが強いのだ。

その一方で、摩訶不思議。歌詞のないヴォカリーズに永遠の魅力を感じる。言葉のしがらみ、言葉による束縛から解き放たれ、どこまでも自由に広がる世界。いかなる歌詞を尽くしても語れぬ思いを、無限に飛び立たせる力。「男は黙って…」というCMが昔、流行った。歌い手は黙るわけにはいかないが、思いが深ければ深いほど、最後は黙って「音」になれ、そんな気がする。生身の楽器だ。どんなに高価な名器より、人間のナマの思いを実現できると信じたい。

今回のヴォカリーズ3曲。『アルハンブラ宮殿の想い出』『わが心のアランフェス』は、かくも知られたギター曲。その哀しくも美しい旋律が、優しく、切なく、ひたひたと胸に迫る。言葉は要らない。アンコールの『鳥の歌』は、実は、本番ギリギリまで迷っていた。「我らをお救いくださる御子様がお生まれになる。そのことを告げて鳥が飛ぶ」という歌詞は、今回のリサイタルのテーマ「祈り」にぴったり!だから、いつものように歌えばよいのだけれど…。今年は、もっともっとその歌詞を越えた何かを歌いたかった。歌詞を越えることは、ただ声になること。ちょっぴり大げさに言えば、黙って『鳥の歌』の化身になること、そんな気がした。
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by Megumi_Tani | 2011-12-04 08:50 | リサイタル | Comments(0)

Recital あれこれ ≪Pianista≫   

「ピアノの音に包まれるようでした」「柔らかくて豊かなピアノですね」浦壁信二さん、大好評だ。初の男性ピアニストということで、特に女性のお客様(!)の注目度が高い。二つのコンサートをひとつにしたような、しかも、実はかなり重量感のあるプログラムをよく支えてくださった。多方面のアーティストと共演、活躍されている方です。来年4月にはリサイタル開催。このブログでもまたご案内します。音色そのままのお人柄。本番当日、意外にお茶目な顔をお持ちのことが判明したけれど、中身は、ヒ・ミ・ツ。

ピアニストは、スペイン語でpianista(ピアニスタ)。スペイン語には、語尾がoなら男性名詞、aなら女性名詞、という基本的なルールがある。たとえばniño(男の子)とniña((女の子)、abuelo(おじいちゃん)とabuela(おばあちゃん)etc。このpianistaという単語は男女同形で男性ピアニストも女性ピアニストもピアニスタ。そういえば、cantante(歌い手)も男女同形だ。acompañante(伴奏者)という単語もあるけれど、私は好まない。cantanteとpianistaの共創、これぞ共演の醍醐味!
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by Megumi_Tani | 2011-12-01 07:42 | リサイタル | Comments(0)