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トルドラはこんな人   

2月3日(金)開催、日本・カタルーニャ友好親善協会テルトゥーリアにて、カタルーニャから生まれた名歌曲の数々をご紹介する。あえて「カタルーニャ」にフォーカスすれば、最も重要な音楽家のひとりがエドアルド・トルドラだろう。バルセロナのリセウ音楽院で学び、バイオリニストとして活躍した後、バルセロナで教鞭をとり、カザルス・オーケストラのコンサートマスターも務めた。作曲家として、バイオリン、オーケストラ等の作品のほか、沢山の歌曲も残している。ファリャの未完の遺作『アトランティダ』を弟子ハルフテルが完成させ、1961年にバルセロナで初演した際、リセウ劇場で指揮したのもトルドラだった。

トルドラの作品は日本ではほとんど知られていない。原因は、おそらく大半の歌詞がカタルーニャ語だからだろう。カスティリャーノ(スペイン語)の作品も多少あるが、トルドラ独特の柔らかく優美な音楽には、私見ながら、カタルーニャ語の方がよく合う。パステル画のような淡い色彩、伸びやかなメロディー、軽やかなリズム…。トルドラの音楽には、地中海の街バルセロナの薫りがする。

ホセ・カレラスが歌う名曲『5月』


こんな小粋な曲も。歌は、グラナドスの愛弟子だったコンチータ・バディア


こちらは、カスティリャーノ(スペイン語)の歌詞による作品


日本・カタルーニャ友好親善協会テルトゥーリア 2月3日(金)18時30分開演
会場、お申し込み方法など、詳細はこちら ⇒ 『カタルーニャから生まれた名歌曲』

バイオリンのための作品

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by Megumi_Tani | 2017-01-14 23:41 | スペイン歌曲 | Comments(0)

Saló de Cent~百人会議の間   

日西翻訳通訳研究塾にて開催の教養講座『スペイン史ma専科』第3回を受講した。第2回ローマ時代~イスラムが入り込んだ時代に続いて、今回のテーマは13世紀。スペイン語の基礎完成、サラマンカ大学設立、音楽の分野で名高い賢王アルフォンソ10世も登場した。

かえすがえすもスペインというのは不思議な国だ。元々バラバラだった国?地方?が、どの時点でどのようにまとまり「スペイン」という国になったのか。これはある意味、永遠の課題なのかもしれない。キリスト教、イスラム教、ユダヤ教各々の民が互いを理解、尊重し、ゆるやかに共存し、政治、経済、文化etc.の豊かな繁栄を築いた事実は、今のこの怪しくキナ臭い時代、刮目に値する。

今回の授業は、RTV制作の歴史ドラマを視聴しながら進められる。講義の途中で、バルセロナ市庁舎「百人会議の間」が映し出された。この時代、バルセロナでは、様々な制約はあるものの、身分の異なる人々が参加できる議会がすでに成立していた。その名の通り、この「百人会議の間」で議会が開かれていたのだ。バルセロナ好き必携の小説『海のカテドラル』にも、その記述が出てくる。中世の誇り高き都市バルセロナを象徴する部屋だ。
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鮮やかな赤と黄に彩られた部屋、輝くシャンデリア、素朴に並べられた木製のベンチ…。
あの日は、6月というのにものすごく暑かった。市のお偉方のセニョーラが汗をふきふき祝辞をくださった。歌ったのはあの正面。黒いグランドピアノが部屋中の赤と黄色によく映えていた。ベンチには、師のご家族をはじめいっぱいのお客様が座っていた。演奏終了後、いきなり「さくら」について質問されたっけ…。三十年前の思い出が蘇り、つい講義そっちのけで画面に見入ってしまった。
塾頭先生、ごめんなさい。  『バルセロナに響いた日本の歌

「百人会議の間」の中の様子です

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by Megumi_Tani | 2016-12-01 23:37 | ビバ!エスパーニャ! | Comments(0)

バルセロナから30年   

このブログでもお馴染み、東京・吉祥寺にあるスペイン料理店『ドスガトス』が開店30周年を迎え、先週末、お祝いの食事会が開かれた。カバ、赤ワイン、白ワイン、そして、色とりどり盛り沢山のタパス、生ハム、ガスパチョ、パエリャ、炭火焼のお肉、チーズ、特製デザートetc。高森敏明シェフの想い溢れる一皿、一皿を、長年のドス・ファン一同、夜が更けるのも忘れて楽しませていただいた。祝!

読者の皆さんの中には、30周年?あれ?と思われた方もいらっしゃるかもしれない。そう、私も昨年30周年を迎え、『記念リサイタル』を開かせていただいた。つまりシェフと私は一年違いの帰国。まったく見知らぬ仲ながら、偶然、同じ時期をバルセロナで過ごしている。もしかすると「お互いよく歩き回っていたゴシック地区ですれ違っていたかもしれませんね」というわけだ。

1992年オリンピックを境にバルセロナは大きく変貌したが、1980年代半ばのバルセロナには、子どもの頃の記憶~古きよき昭和を髣髴とさせる、のどかな雰囲気が漂っていた。かの聖家族教会の建設は資金難から遅々として進まず、完成は無理とさえ言われていた。現在の隆盛ぶりにはガウディもビックリだろう。カテドラル、海の聖母教会、ランブラス、ボケリア市場、カタルーニャ音楽堂、リセウ劇場、カタルーニャ美術館、ピカソ美術館…。私にとって、そしておそらく高森シェフにとっても、バルセロナは今が在る原点、懐かしい青春の修業の街だ。 『歌修業日記¡Hola!バルセロナ』

くたびれると、ドスガトスに駆け込む。美味しいエネルギーチャージの時間だ。それにしても、ハッと気づけば30年。30年後に自分が歌っているかどうかなんて、あの頃、考えもしなかったなぁ。。。

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お祝いの会の夜、高森シェフご夫妻とソムリエ菊池貴行氏@ドスガトスのお写真です。
菊池氏は、シェフのご紹介で、先日の『スペイン浪漫Ⅱ』をご来聴くださいました。
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by Megumi_Tani | 2016-10-05 00:27 | ビバ!エスパーニャ! | Comments(2)

キーワードはスペイン語   

私も末席を汚している日西翻訳通訳研究塾の年に一度のパーティーに出席した。年に一度、この時にしかお目にかからない方も多いが、それでも回を重ねるうちにお知り合いが増えて来る。お名前は存じ上げないけれど、あぁ!毎年お目にかかりますね!という方もいる。

今回は、受付の後、ひとりの女性と目が合った。誰だっけ……?間違いなくどこかで会ったことがある……。しかもとても親しく……。ア~ッ!な、なんと!以前バルセロナでお会いし、夕食をご一緒した方だった。まさか東京で、しかも塾のパーティーで再会するなんて!

もうひとつの嬉しい出会い。「アルフォンシーナと海」という曲をご存知だろうか。この曲に詠われているアルゼンチンの女流詩人、アルフォンシーナ・ストルニについて、日本でただ一人研究をされている先生にお話を伺うことが出来た。どんな歌にも背景があり、ドラマがある。それはクラシックもフォルクローレも変わらない。ひとつの楽曲の命を感じ取るには、その曲に秘められた歴史、ドラマを知ることがとても大きな力になる。

年齢も職業も経歴もバラバラ。しかし和気あいあい、どのテーブルもお喋りに余念がない。キーワードはスペイン語、そして向上心。皆さん、充分高いレベルにいるのに、黙々と勉強を続けている。スペイン語で歌う誰かさんも頑張らなきゃ、と、あらためてエンジンがかかる。

第25回リサイタルスペイン浪漫Ⅱ~エンリケ・グラナドス没後100年に捧ぐ
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「アルフォンシーナと海」メルセデス・ソーサ

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by Megumi_Tani | 2016-09-04 00:35 | ビバ!エスパーニャ! | Comments(0)

カサ・ミラ 四景   

「夜ごと窓辺にやって来て、ため息だけで帰るマホ。恋する窓辺があたしは憎い」9月リサイタルで演奏する、グラナドス『内気なマホ』の一節だ。

今年のフライヤーのテーマは「恋する窓辺」。黄昏時、窓辺で思いにふけるマハの心が映されている。グラナドスの歌を知ってか知らぬか、デザイナーさんが、粋でエレガントな窓辺を演出してくれた。「窓から見えるのは、グラナドスも谷さんも歩いた、バルセロナの街です」なんて、お洒落なコメントも!ニクイなぁ。
第25回リサイタルスペイン浪漫Ⅱ~エンリケ・グラナドス没後100年に捧ぐ
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さて、そのバルセロナには、サグラダ・ファミリア、グエル邸、グエル公園、カサ・バトリョ…ガウディの建築が溢れている。しかも、ごく普通に。カテドラルの向かい側、建築協会の壁のピカソの絵を見て、「あ!ピカソが雨ざらしになっている!」と叫んだ人がいたけれど、そんなもの凄い芸術作品がごく普通にゴロゴロ転がっている?のが、バルセロナという街の大きな魅力のひとつだ。

丹下敏明著『バルセロナのガウディ建築案内』 を、以前ご紹介した。丹下敏明氏は、バルセロナ在住40年を越える建築家、そして、ガウディ研究の大家。この本では、ガウディの生涯、業績、作品群、様々なエピソードが、美しい写真の数々とともに、詳しく解説されている。

今日ご紹介するのは、数日前に丹下敏明氏が撮影してくれた、カサ・ミラ(ラ・ペドレラ)四景。時間帯を変えての撮影は、現地にお住まいの方ならでは!氏のお許しをいただいたので、ブログ読者の方にもぜひご覧いただきたい。

夕陽にわずかに染まる日没前
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日没寸前。
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夜明け前
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青空に映える。
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こんな不思議な建物が、ごく普通に、ゆったりと存在する街バルセロナ。大好きです。
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by Megumi_Tani | 2016-07-15 13:55 | ビバ!エスパーニャ! | Comments(0)

『天国の囚人』   

内戦前後のバルセロナを舞台にした歴史エンターテイメント小説。『風の影』 『天使のゲーム』に続くシリーズで、最終的には、未発表の作品と併せ、4部作になるらしい。

『風の影』で少年だった主人公ダニエルは、美しい妻をもつ青年になっている。例によって、謎の人物が現れ、親友フェルミンの秘められた過去が歴史の暗部とともに明かされていく。時系列が行ったり来たりするややこしさは『風の影』と同じだが、それもまた著者の巧妙な演出であることに気付かされる。ダニエルとフェルミンを取り巻く人々が複雑に絡み合い、ストーリーは二転、三転。時に歴史小説、時にサスペンス、時にラブロマンス、時に生きる格言集…?随所にちりばめられた街の風情、通りやバル、レストラン、ブティックetc, が実名で登場するのも、バルセロナファンには嬉しいところ。挿絵などひとつもない文庫版だが、まさに「劇画」の味わいだ。
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by Megumi_Tani | 2016-05-12 12:39 | 本の窓 | Comments(0)

グラナドス没後100年~「ゴイエスカス」   

今日2016年3月24日は、エンリケ・グラナドス100回目の命日に当たる。
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1916年3月24日、彼と愛妻アンパロを乗せた船は、英仏海峡でドイツの潜航艇による無差別攻撃を受けて沈没。二人は海の藻屑と消えた。ニューヨークで自作のオペラ『ゴイエスカス』初演に立ち会い、その大成功を見届けてバルセロナに帰る、その途中の出来事だった。

30歳の頃、ゴヤの絵に出会ったグラナドスは、その暗い宿命の香り、マホとマハの恋のさやあて、運命の無情etcに深く魅せられていく。ピアニスト、作曲家、教育者として活躍しながら、構想を練り、自らスケッチを描き、温めること十余年。1911年、44歳の時、ついにピアノ版『組曲ゴイエスカス』第1部を完成、初演にこぎつけた。会場はバルセロナのカタルーニャ音楽堂。自らピアノを弾いている。さらに1914年、47歳の時に、第2部を含む『ゴイエスカス』完全版をパリで初演。熱狂的支持を受けた。

タイトル「ゴイエスカス:ゴヤ風の」が示す通り、この作品は、ゴヤの絵に描かれるマハとマホの悲劇的な愛の物語をピアノが語っている。そのストーリーをオペラにしないか、との話が持ち上がった。しかもパリの劇場が初演を引き受けるという。グラナドスは、この作品こそ生涯の傑作と信じ、作曲に没頭した。翌年、オペラ版『ゴイエスカス』完成。ところが、時は第一次世界大戦下。戦争の混乱によってパリ初演の話は立ち消えになった。

傷心のグラナドスのもとに、ニューヨークのメトロポリタン歌劇場が初演を引き受ける、との知らせが届く。彼は船が大の苦手だった。しかし、掛け替えのない初演の機会を逃すわけにはいかない。一大決心をして、妻とともに船に乗り、アメリカへ渡った。

オペラ『ゴイエスカス』ニューヨーク初演は大成功を収める。悲願成就。グラナドスは安堵したに違いない。これで帰国するはずだったが、急きょ、ホワイトハウスに招かれ、帰国を延期。ウィルソン大統領の御前での演奏を終え、あらためて予約した船でアメリカを後にした。まさか途中の海に悲劇が待ち伏せているとも知らず…。

戦争の犠牲、だ。第一次世界大戦による混乱に陥っていなければ、『ゴイエスカス』は当初の予定通りパリで初演されていただろう。そうすれば船でアメリカに渡る必要もない。ちょうどこの頃から、無差別攻撃なるものが始まった、と、何かで読んだ。

歴史に「もしも」は無いが、あえて考えてみれば、もしもホワイトハウスに招かれず、予定の船で帰途についていれば、その船は爆撃されずに済んだかもしれない。

しかし、こんな「もしも」も考えられる。もしもこれが往路の船だったら…。
つまりニューヨークに向かう船が爆撃されていたら、グラナドスは初演に立ち会えなかったことになる。自身の最高傑作と信じ、渾身の力で完成させたオペラ『ゴイエスカス』。その初演に向かう旅、まさに悲願成就を目前に不慮の死を遂げることは、芸術家グラナドスにとって耐え難い無念であっただろう。

ゴヤに魅せられた浪漫の作曲家グラナドスの魂は、48年の生涯で真に独自の芸術の華を咲かせ、ドラマティックに、そして、ロマンティックに、天に還っていったのかもしれない。

グラナドス本人の演奏によるピアノ版「ゴイエスカス」


演奏会形式によるオペラ版「ゴイエスカス」@パラウ(カタルーニャ音楽堂)



満員御礼
4月1日開催「毎日メディアカフェ」は、ご好評につき、予約ご応募を締め切りました。
漱石とグラナドスの時代~スペイン歌曲浪漫
お申し込みくださった皆様、当日お目にかかるのを楽しみにしています060.gif
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by Megumi_Tani | 2016-03-24 02:15 | スペイン歌曲 | Comments(0)

Programa ご案内「カタルーニャの歌」   

「スペインは民謡の宝庫である」とは、よく言われるところだが、スペインの民謡は、私たち日本人が漠然と考える以上の意味をもつ。スペインという国が大いなる自治州の集まりであること、さらに言えば、この自治州各々が各々ひとつの国だった、という歴史にその理由がある。各々の地方とは各々の国であり、各々の民謡とは各々の言語で歌われる各々の国の歌である。だからスペインの人達は、己の国の歌~民謡を大切にする。

歌曲の分野でもその精神が生きている。もちろん個人による差はあるが、多くの作曲家が「スペイン語」以外に、自らが生まれた土地の言語の詩による歌曲を残している。

ひと言で「スペイン」と言っても、自分に縁があった場所がどこであるかによって、そのスペイン像は大きく違ってくるだろう。

というわけで、私は、スペイン語の歌曲に加えて、ご縁をいただいたバルセロナ、つまりカタルーニャの民謡やカタルーニャ語の歌詞による歌曲を歌うようになった。いわゆる「スペインの熱さ」を秘めつつも、柔らかな抒情に満ち、豊かな色彩を放つ歌の数々は、地中海への郷愁を駆り立てる。そして「鳥の歌」を歌う時、あぁこの歌に出会えて幸せだった、と、思う。

今回のプログラムでお聴きいただくカタルーニャの歌は三曲。カタルーニャ音楽界の重鎮だったE.トルドラの「さだかならぬ歌」は、そのタイトル通り、パステル画を思わせるピアノ・パートを縫うように、ゆらゆらと歌の旋律が流れていく。「恋人が言いました」は、師マヌエル・ガルシア・モランテの作品。独自のどこか不条理に満ちた愛が囁かれる。「予言の鳥」は、永遠のロマンティスト・E.グラナドスの面影を髣髴とさせる作品。翳りのある美しいピアノが彼のショパンへの憧れを想起させる。


              谷めぐみ30周年記念リサイタル
           《スペイン わが心の歌

          2015年10月17日(土)午後2時開演@Hakuju Hall
           プログラム詳細、チケットご購入はこちら ↓↓ 
          
 《谷めぐみの部屋~Sala de Megumi Tani》

               ご来聴をお待ちしています

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母なるマリアに」 「心よ、ともに悲しもう

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by Megumi_Tani | 2015-08-21 19:58 | リサイタル | Comments(0)

『鳥の歌』@チャリティーコンサート   

とある教会で開かれたチャリティーコンサートに出かけた。
ご聖堂に、バッハの「Bist du bei mir」「無伴奏チェロ組曲」、ヴィタリ「シャコンヌ」、アルビノーニ「アダージョ」、サン・サーンス「アベ・マリア」etc。名曲が響き渡る。
演奏者の方々(メゾソプラノ、ヴァイオリン、チェロ、オルガン)が素晴らしい。第一級の演奏を、静かに、熱く、真摯に、聴かせてくれた。音楽はパシオン(受難:すべてを受け入れる)の光。あらためて実感する。

プログラム後半、チェロとオルガンで「鳥の歌」が奏された。前奏のトレモロが鳴り、朗々とチェロのメロディーが歌う。カザルスの吐息が聴こえる気がした。

それにしても、と、いつも思う。バルセロナへ渡らなければカタルーニャ語で「鳥の歌」を歌うことはなかっただろう。思うところあって暫く休んでいたリサイタルの再開を決心させてくれたのも「鳥の歌」だった。2010年には「鳥の歌づくし」のリサイタルを開いた。よくもまぁこんなプログラムを、と、歌う私も呆れるほどだったが、「鳥の歌」の深い宇宙をお客様と一緒に旅したような、かけがえのない時間になった。

不思議な曲だ。人生の折々にふっと現れ、遠い彼方を真っ直ぐに見つめさせてくれる。


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by Megumi_Tani | 2015-05-31 21:44 | スペイン歌曲 | Comments(0)

ビクトリア・デ・ロス・アンへレス没後10周年(3)   

五月もあと一日で終わりだ。風薫る…のはずが、今年は真夏日があったかと思えは、先週は大きな地震、昨日は口永良部島の新岳が噴火した。得体のしれない熱を内包したような昨今。平和で穏やかな日々を願わずにはいられない。

豊饒のカタルーニャを思わせるトルドラの傑作「五月」
モノクロのカタルーニャ音楽堂が新鮮!


スペイン語の「アンヘル」は「天使」の意。ビクトリア・デ・ロス・アンへレスは「天使たちのヴィクトリア」の意味になる。2005年1月15日、彼女はその名の通り、天に還って行った。【Brava Victoria】
この現世(うつしよ)に姿が在ろうがなかろうが、そんなこととは関係なく、彼女の歌はいつも私の中に在る。大いなる存在感、大いなる輝き。年月を経るほどに、その偉大さがより深く感じられるような気がする。

没後10周年の今年、偶然にも私はリサイタル30周年を迎える。「周年」が重なったことに秘かな感慨があり、ありがとうございます、の思いがどこからか、ふつふつと湧き上がってくる。

没後10周年を記念して公開された画像


こんな曲も歌っています。


彼女の命日にちなんで、1月に様々な音源をご紹介しました。
名曲、名演満載060.gif ぜひこちらもご覧ください。
ビクトリア・デ・ロス・アンへレス没後10周年(1)
ビクトリア・デ・ロス・アンへレス没後10周年(2)
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by Megumi_Tani | 2015-05-30 01:01 | スペイン歌曲 | Comments(0)