アルベニス 『舟歌』
2016年 08月 28日
初めてその経験をしたのは、マリア・カラスのリュウを聴いた時だ。学生時代は、何だかそら恐ろしい声のような気がして、マリア・カラスが苦手だった。卒業後、たまたま出かけたレコード屋の輸入盤フェアで、彼女のLP『隠れた名アリア集』に遭遇。ふと気が向いて購入した。帰宅後、プレーヤーに針を下し、リュウのアリアが聴こえて来た時の衝撃。まるで雷に打たれたような、と書けば、いかにも大袈裟だが、まさにそんな感じだった。マリア・カラスはすごい…。私の中のマリア・カラス観は一聴でひっくり返ってしまった。ひっくり返った、その理由を説明するのは難しい。言葉を越えた何かが魂に働きかけてくれた、とでもいうのだろうか。あたかも天からもたらされた滴のように…。
次に思い浮かぶのが、アルベニスの『舟歌』だ。30年前の夏、私はバルセロナ市から招聘を受け、音楽祭グレックに出演、師マヌエル・ガルシア・モランテの伴奏でリサイタルを開いた。本番無事終了。数日後、ビクトリア・デ・ロス・アンへレスと師の演奏会を聴きに、アルベニス生誕の町、カンプロドンへ出かけることになった。急なことで、ホテルは満室。従業員用の部屋を無理矢理空けてもらい、泊まった記憶がある。
弟子特権?でリハーサルからずっと聴かせてもらった。ビクトリアの歌と師のピアノ、二人の信頼から生まれる音楽。えもいわれぬ美しい時間だった。そこで、アルベニス『舟歌』を初めて聴いた。何と穏やかな、何と優しい響き…。それから十年以上が過ぎて、偶然日本でその楽譜に遭遇した時の喜び!その後また様々なプロセスを経て、初めてリサイタルで演奏した時の嬉しさ!この曲を歌えば、いつも、あのカンプロドンが蘇る。
「9月のリサイタルで『舟歌』を歌います。三十年前にカンプロドンで聴いた二人の演奏が今も心に深く刻まれています」と、師にメールした。「そんなに時間が流れたとは信じられないね。大成功を祈っているよ」と返事が届いた。音楽は時空を越えている。
『舟歌』も、ほとんど誰も歌わない曲。同じアルベニスの『カディス』といい、マラッツ『スペインのセレナータ』といい、カザルス『さようなら…!』といい、今年のプログラムには珍しい曲が多い。マニアック?…いえいえ、隠れた名曲ばかりです。お楽しみに!
第25回リサイタル『スペイン浪漫Ⅱ~エンリケ・グラナドス没後100年に捧ぐ』
ご来聴をお待ちしています
カタルーニャ音楽堂での二人の演奏会 1分20秒あたりから『舟歌』です。