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第2期 連続講座「声の力を学ぶ」第4回   

元NHKアナウンサー室長山根基世さんが主宰される「第2期『声の力を学ぶ』連続講座
第4回を聴講させていただいた。
★第1期のレポートはこちら ⇒ 第1期『声の力を学ぶ』連続講座

今回の講師は、現代日本を代表する作曲家のひとり、細川俊夫先生。「声の力-私の音楽において-」と題し、ご自身の音楽における「声」、日本の伝統音楽における「声」、声のカリグラフィー(書)、音のいのちとしての「声」、始原の「声(歌)」等々、どこまでも「声」を求め「声」を究める先生の音楽世界を、多彩な音と映像を交えてご紹介くださった。

18世紀から19世紀にかけて、調性のある平均律の音楽:構築された音楽が世界を制覇し、世界中の民俗音楽は衰退してしまった。20世紀になると、それまで表現できなかったものを表現しようとする動きが起き、西洋音楽は無調の時代を迎える。それから約百年。先生がベルリンに留学された1976年当時、西洋の音楽はすでに行き詰まり、民俗音楽が力を盛り返していた。そんな時世に、日本を遠く離れたベルリンで能を鑑賞し、お琴を聴き、先生は、初めて日本の伝統音楽を「音楽」として聴くことが出来たという。

日本固有の文化を捨て去り、平均律による構築された音楽を絶対の基とした、わずか150年ほどの、日本独自の、極めて特殊な西洋音楽の歴史。その根底には、圧倒的な西洋崇拝がある。本家本元の西洋で、その絶対の基であるはずの構築された音楽がいかに行き詰ろうと、日本の西洋崇拝は厳として揺るがない。しかしそれでも、1960年代に入ると、ようやく日本(東洋)独自の音楽が生まれ、西洋にもそれらを受け入れる素地が出来た。第一世代の旗手は、武満徹、尹伊桑だ。二人に続く第二世代の作曲家として、先生は、自分の声(音楽)、自分の音楽の根源への探求を続けられている。

真言声明との出会いから創案された声のカリグラフィー(書)。美しい。ひとつの音がいのちを持ち、音そのものとして存在する世界。余白:間があるから声が在り、声が在るから間:余白がある。始まりも終わりもない世界。混沌開基の一点。

「恋歌」(1986)は、まさに声とギターのカリグラフィーによる作品。画布にみたてた空間に揺れるギター、寄り添う声。両者は二つでありながらひとつになり、彼方へと流れていく。言葉は発音することによっていのちを得、歌うことでより躍動し、やがて混沌開基の一点へ向かう。

先生は、楽器を声の延長と定義される。バスフルートによる「息の歌」は、音になる以前の息、精霊としての息、声の根源にあるものとしての息が奏でる無言歌、言葉なき歌。

武満徹へのレクイエムとして書かれた「歌う木」では、自然の音、自然い近づく音を歌うことで自然の一部になる、というかつて日本の音楽が理想としたものが表現された。「すでに在るもの:音の河を実現することが作曲だ」という武満の言葉が紹介されている。

オペラ「二人静」では、現代の悲劇の象徴としての難民ヘレンと、過去の悲劇の象徴としての静御前が、時空を超えてひとつになる。能舞台の橋掛かりが意味するように、目に見える世界と見えない世界、耳に聞こえる世界と聞こえない世界、とどのつまり、あの世とこの世は、実は繋がっている。歌うことによって声が世界に溶けていく。それは自我の溶解、魂が浄化されていく過程。

自分の「声」、自分を超えたより深い「声」、声と言葉の生まれる根源の場所から生まれてくる野性的な始原の声(歌)、始原の宇宙への憧れ…。宇宙と自分の声が結びついている、そんな音楽を書きたい、と結ばれ、講義が終了した。

僭越ながら、最初から最後まで、いたく共感して拝聴した。声のカリグラフィーは、私にとってのヴォカリーズそのものであり、「息の歌」には、自分の体内をのぞきこんでいるようなリアルな感覚があった。「宇宙の気、始原の気、その「気」が地上に顕現した時、「声」になる。宇宙の気を表現するために「声」は存在するのではないか?」とのお言葉には、思わず膝を打つ思い。「声」は、「歌」は、メディアになる。聖き祈りにもなれば、悪魔の囁きにもなる。

静かに、穏やかに、深い憧憬を込めて語られる「声」そして「歌」…。
ふと思う。音楽家には、大別して二つのタイプがあるのかもしれない。より広く外へ向かって音楽をする人と、より深く内奥を見つめて音楽をする人と。いや、これは音楽家に限らない。人としての生き方の別なのかもしれない。内なる高みを求める心は、やがて天を仰ぐ。モンポウが十字架のヨハネの詩を好み、ビクトリア・デ・ロス・アンへレスが聖テレサを愛したように。

こんなリンクを見つけました。
『細川俊夫 音楽を語る』 人は花、人は絃、人は時

日本初演された細川先生のオペラ「松風」に感銘を受けた山根基世さんが、ぜひ!と招聘され、今回の登壇が実現したとのこと。メインの受講者である朗読を学ぶ皆さんのみならず、歌い手にとっても垂涎もの。極めて貴重な時間でした。ありがとうございます。

演奏会形式によるオペラ「二人静」


# by Megumi_Tani | 2019-07-13 23:37 | 講座/セミナー | Comments(0)

『誰もがそれを知っている』   

それとなく話題になっていたスペイン映画『誰もがそれを知っている(原題:Todos lo saben)』を観に出かけた。

舞台は、とあるスペインの田舎の村。若い二人の結婚式のために、ペネロペ・クルス演じるヒロインが娘を連れて帰ってくる。小さな村だから、みんな知り合いだ。和気あいあいとにぎやかなに繰り広げられる結婚式の宴。そのさなか、事件が起きる。解決に向け、手掛かりを求めるうちに、小さな、しかし重大な秘密が明らかになる。ひとつの秘密はひとつの疑惑を生み、その疑惑がまた別の秘密を暴き出す。なぜ奴はあんなことを言うのだろう…?もしかすると彼女は嘘をついているのか…?誰もが誰をも信じられなくなり、穏やかに保たれていた人間関係が少しずつ、少しずつ、壊れて行く。取り返しのつかないところまで…。

猜疑心、不信感、疑心暗鬼、裏切り…。心に潜む闇の部分に、どうしようもなく翻弄される登場人物たち。その翻弄のされ方があまりに素直で愛おしい。大地主だった昔のプライドを捨てられずバルで飲んだくれる老いた父親、農園で成功したパコを内心せせら笑う村人、夫の心を取り戻そうと突然キレイにめかし込む妻…。誰にもちゃあんとした理由がある。それは切ないほど当たり前の理由なのに、なぜか現実は空回りする。その哀しさ。

チラシには「息をのむ極上サスペンス」とあるが、幸か不幸か、私は途中で犯人の察しがついてしまった。サスペンス通でもない私にバレてしまうくらいだから、この作品、謎解き度は高くない。誰もが秘かに身につまされる、極めて泥臭い人間ドラマだ。ペネロペ・クルスとハビエル・バルデムの夫婦共演。いかにもスペインの田舎らしい冒頭の長い結婚式のシーンが楽しい。流れる意味深な?歌も印象的。




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# by Megumi_Tani | 2019-07-11 00:47 | ビバ!エスパーニャ! | Comments(0)

6月30日   

気が付けば、今日で6月も終わり。キリよく週末の日曜日で、2019年前半が終了することになる。この「週末」という発想はバルセロナ時代以降、なぜかしっかり身についたものだ。日曜日から始まる日本のカレンダーや手帳がどうにもしっくり来ない。

今年前半、一番のビッグイベントは、やはり27回目のリサイタル『スペイン浪漫Ⅳ だ。多くの方々の応援、協力を得て5月に開催、おかげ様で大好評をいただいた。昨年の病からの復帰は、私自身にとっても望外の喜びだった。
古田史さんの個展オープニング・セレモニーでの演奏も楽しい思い出。

一方で、学びの機会も多かった。
その道の第一線の講師のお話を伺える、山根基世さん主宰「声の力を学ぶ 連続講座」は刺激的だ。知的好奇心を大いにくすぐられる。時には感動、時には共感、時には疑問、時には反発、そして時にはホッコリ…。コンパクトな会場の為せる業か、予想外に、予想以上に、講師のお人柄がにじみ出る。それがまた有形無形のメッセージを伝えてくれる。(ちなみに今年度は、毎月単発受講者の募集も行っています。ご興味おありの方は、ぜひどうぞ ⇒ 最新News
ソプラノの名花マリア・バーヨの来日は、その美しく端正な演奏とともに、マスタークラスでの真摯な指導、誠実で飾らないお人柄に、とても勇気づけられ、励まされた。
先週は、日本サラマンカ大学友の会主宰サロン・デ・エストゥディオ(学びのサロン、とでも訳せようか)に参加。東京外語大学名誉教授・立石博高先生による講演「スペインとカタルーニャ-現状と見通し」を拝聴した。以前、同じ立石先生によるほぼ同じテーマのお話を伺ったことがある。世界情勢も、スペイン、カタルーニャの状況も、日本での採り上げられ方も、当時とは大きく変化している。あらためて考えさせられることの多い会だった。

声であれ、歌であれ、歴史であれ、雑学諸々であれ、知れば知るほど、知らないことが如何に多いかがよく分かる。知れば知るほど、自分が何も知らないことがよく分かるから、より深く、より密度濃く、知りたいと思う。

6月30日、夏越の祓、京都では「水無月」を食べる日です。
皆様、2019年後半も元気に過ごしましょう!

先日の講演中、ふと心に浮かんだ曲
「地中海に生まれて」



# by Megumi_Tani | 2019-06-30 13:57 | 思い&想い | Comments(0)

古田 史「作品展」   

スペイン大使館で開催中の「古田 史 作品展」に、あらためてお邪魔してきた。先日のオープニング・セレモニーでは、「歌う」ミッションが控えていたため、ゆっくり拝見できなかったのだ。大使館地下の明るく広く開けた空間に、多彩な作品がゆったりと展示されている。スペインのご家族に受け継がれてきた子供服をモチーフにした作品、故国日本への想いあふれる作品、和と洋がコラボしたドキッとする作品 etc。 やわらかく差し込む自然光、ポップに鮮やかに浮かび上がる史さんワールド。なんとも優しく、楽しく、心温まる時間。ちょうど史さんともお目にかかり、お話することができた。

6月22日(土)まで。スペイン大使館は、地下鉄六本木一丁目駅からすぐ。
お近くへお出かけの方は、ぜひお立ち寄りください。


# by Megumi_Tani | 2019-06-20 23:07 | エトセトラ | Comments(0)

ありがとう!マリア・バーヨ   

先日ご紹介したスペインの名ソプラノ、マリア・バーヨ来日の一週間。

リサイタル第1夜《スパニッシュ・ナイト》は、10日(月)夜、開催。風雨強まる悪天候にもかかわらず、会場のすみだトリフォニーホールには熱心なフアンが詰めかけた。スペイン歌曲を、しかも20世紀の作品をこれだけまとめて聴ける機会は、日本では決して望めない。トルドラの「6つの歌曲」から始まり、エスプラ、モンサルバッジェ、ガルシア・レオスと、各々の作品に深く、緻密に、丁寧にアプローチし、粋やユーモアを効かせながら優雅に歌い上げる。後半は、パレラ・フォンス、ガルシア・アブリル、ピアソラと続き、締めにサルスエラ2曲が来た。アンコール1曲めは、僭越ながら私も先日のリサイタルのアンコールで歌わせていただいた「サパテアード」、2曲め、ファリャ「お前の黒い瞳」は、まさに彼女のCDで知り、勉強し、レパートリーにさせていただいた曲だ。ご本人のナマ歌で聴ける幸せ!

翌11日(火)は、インスティトゥト・セルバンテス東京でのトーク&ミニコンサート
ウガルテ館長との対談の後、3曲演奏、加えてアンコールも。前夜リサイタルのプログラムもかなりのボリュームだった。お疲れは大丈夫か、と、心配になる。が、彼女はまったく手を抜く気配がない。誠心誠意、語り、歌い、終了後の人の波にも対応されていた。

14日(金)は、昭和音楽大学で公開レッスン が開かれた。学生さん4名がロドリーゴ、オブラドルス、グラナドスの作品を演奏し、ひとりずつバーヨ女史の指導を受ける。このレッスンが熱い!まずい箇所は何度でも止め、何度でも説明し、自ら歌ってみせ、わずかでも受講生に改善の兆しが見えるまで「Otra vez!~もう一度!」と、指導を止めない。率直で真心のこもった貴重なレッスン。約30年前、通訳を務めたビクトリア・デ・ロス・アンへレスの公開レッスンを思い出した。

もっとフレーズの先を見て歌って!の意で、彼女が受講生に何度も繰り返した言葉がある:Más allá!

Más allá!~もっと向こうへ!もっと遠くへ!…切なさがふと胸に迫る。そう、彼女の歌は端正で美しく、熱く、可愛く、それでいて、どこか切なく儚い。深い情熱を秘めたその儚さに私は心惹かれている。お話させていただいても、飾らず、気取らず、いつも自然体。愛おしくチャーミングな女性だった。来日してくれて嬉しかったなぁ。。。ありがとう!マリア・バーヨ!

リサイタル第2夜《ヘンデル、そしてモーツァルト》は、17日(月)午後7時開演です。

マリア・バーヨが歌うヘンデル



# by Megumi_Tani | 2019-06-16 21:24 | スペイン歌曲 | Comments(0)