人気ブログランキング | 話題のタグを見る

民の悲しみの歌

一週間ほど前、マメな(笑)FBが2008年リサイタルのプログラム画像を呼び出してくれた。初めてHakuju Hallでリサイタルを開いた年だ。極上の響き、美しく瀟洒な雰囲気。当時からHakuju Hallは評判が高かった。幸せなことに、今に至るまでご縁が続いている。
2008年10月4日@Hakuju Hall

セファルディの歌、というジャンルがある。スペインを追われたユダヤの人々が秘かに、大切に、伝えてきた歌の数々。カタルーニャ出身の作曲家マヌエル・バリュスは、これらの歌をクラシックのコンサートで演奏できるよう編曲を施した。鄙びたギターとフルートの伴奏による歌曲集。ずっと心惹かれていたが舞台に乗せる機会がなく、2008年リサイタルで、やっと実現した。
(拙CD『谷めぐみが歌う魅惑のスペイン』に、この時の演奏の一部が収録されています。お持ちの方はご一聴ください)

独特の旋律にのせて歌われるのは、人間の飾らない想いだ。束の間の恋の戯れ、愛しい人との別れ、わが子への子守歌、癒えない心の傷…悲しみの歌が多く、幸せの歌にいつも儚さがつきまとうのは、民族の歴史ゆえか。

この世を生きる悲しみ、切なさ。これはなにもセファルディだけのものではない。程度の差こそあれ、人は誰でも言葉にならない想いを胸に秘めて生きている。まして、ひとたび変事が起きれば、犠牲になるのはいつも市井の民だ。炎にさらされ、離れ離れになり、逃げ場もなく、水も食料もなく…。その事実に民族の別はない。敵も味方もない。セファルディの歌は、やりきれない運命を生きる人々の歌、民の悲しみの歌、とも捉えられるだろう。

セファルディの歌をこんな風に感じる今。
平和を、と、祈らずにはいられない。

マヌエル・バリュス編『セファルディの歌』より(貴重なライブ映像です)



# by Megumi_Tani | 2024-03-18 22:59 | スペイン歌曲

「幻想ポロネーズ」と「ビーフストロガノフ」と

作曲家I先生が旅立たれた。京都在住の友人が知らせてくれた。あまりにも突然の訃報だった。音楽に、平和に、揺るがぬ信念をもち、作曲に生涯を捧げられたI先生。教育者としても多くの優秀な後進を育成。プライベートでは、純粋で心やさしく、照れ屋でちょっぴり不器用。ユニークな個性で周囲に愛されていた。

昔々、同じ建物の上下階に住んでいたことがある。今で言う音楽専用マンションの走りのような物件。部屋は狭いキッチンとユニットバス付きのワンルーム。収納スペースは小さなクローゼットしかなく、部屋が物で溢れかえった。I先生はそこにフルコンサートグランドピアノを持ち込んでいた。部屋は間違いなくピアノでいっぱいだ。どこで寝ているのか?ピアノの上?まさか!じゃあピアノの下にもぐりこんで???大いなる謎だった。日曜午後になると先生の十八番!ショパン「幻想ポロネーズ」が始まる。フルコンの音量は凄まじい。いくら防音の部屋でも筒抜けになる。曲の後半、これでもか!と繰り出されるフォルテシモの熱いパッセージ!建物全体が揺れる。下階にいる者は何も聴こえない。まけじと歌ったり、当時ハマっていたワグナーの楽劇のLPを大音量でかけたりするが、フルコンにはかなわない。遂に諦め、いっそ掃除でもするか、ということになる。以来、この長い年月、私にとっての幻想ポロネーズはI先生のピアノそのものだった。

先生はお料理もよくされていた。得意メニューは「ビーフストロガノフ」。時々私たちにもご馳走してくれた。「お肉は、買ってすぐ、ではなく、ちょっと寝かせてから使うのがコツです」とご自慢のレシピを解説しながら、遠慮なく食べる私たちをニコニコ眺めておられる。「先生、美味しい!」なんて誰かが言おうものなら、もう満面の笑み!

やがて、卒業、就職、転居、留学…みんな散り散りになった。

それから約35年。ある日突然FaceBookでメッセージが届いた。「お久しぶりです。覚えていますか?」なんと!I先生だ。以来、FBでの交流が始まった。先生は今も関西在住。作曲に、楽譜・CD・書籍蒐集に、そして得意のお料理に、充実の日々をお過ごしのご様子。音楽への情熱も平和への想いも昔とちっとも変わらない。

2021年春、演奏会のご案内をいただいた。先生のピアノ作品が東京で演奏されるという。時はコロナ禍真っただ中。「このご時世だからご無理なくね~」とメッセージが添えられていた。演奏会の類はすべてお断りしていたが、これは行かねば!と決心。厳重にマスクをし、緊張して電車に乗り、会場に向かった。開演前、客席でキョロキョロしていると…いた!I先生だ。「先生」と声をおかけすると、「やぁ!」と右手を挙げてニコニコ。まるで昨日の続きのよう。ほどなく開演。終演後は、先生の周りに音楽関係の方が沢山集まり作品をお祝いされていた。幻想ポロネーズとビーフストロガノフがご縁の私はちょっとご遠慮、遠くから会釈だけして失礼した。約35年ぶりの短い再会。これがお目にかかる最後の機会になった。

体調がすぐれず入院されてからも、FBに音楽番組情報や病院食をアップ。I先生らしいなぁ、と拝見していた。きっと今は、空の上で、音楽の森を、思索の森を、お料理の森を、思う存分闊歩しておられるに違いない。「やぁ!」あの人懐っこい笑顔が目に浮かぶ。I先生、心温まる想い出をありがとうございました。

お別れになった演奏会
池上敏作曲『ウォーニング2019 a,b』 2021年5月27日@豊洲シビックホール

# by Megumi_Tani | 2024-03-12 22:27 | 想いあれこれ

浦壁信二 PIANO RECITAL

3月3日、トッパンホールにて、浦壁信二さんのリサイタルが開催された。
やわらかく、甘すぎず、穏やかに歌われた「春の信仰」、深い音色で熱く豊かに描かれた「さすらい人幻想曲 Op.15」。休憩を挟んで第二部はラヴェルに始まり、クープラン、ラモ、メシアン、平井正志、レスピーギ、南聡、リゲティ、ベリオ…次々と繰り出される浦壁さんならではの世界。フレーズとフレーズが、リズムとリズムが、心地よく歌い合う。その音楽はアンサンブルの極みのよう。秘かに楽しみにしていたカプースチンは予想通りの!カッコよさ。そして、「月の光」でのエンディング…。会場いっぱいのお客様が息を潜め、最後の一音に耳を澄ませた。

帰り道、友人ピアニストが熱く語ってくれた。「さすらい人、私も大好きな曲なの。あんな風に弾きたいけれど、なかなか弾けないのよ」「作曲、編曲もされるからかしら?オーケストラのような音楽を紡ぎ出せる方ね」そして、極めつけは、このひと言「ピアノが打楽器であることを忘れさせてくれる」そう!どんなに強い音で激しいリズムを刻んでも、彼のピアノは「打」を感じさせない。独特のふっとした脱力とともに、音楽をどこまでも深く豊かに導く。

私のリサイタルのお客様からも、何人もの方が駆けつけてくれた。歌だけではなく、ピアノもしっかり聴いてくださっていることが嬉しい。いつも書いている通り、伴奏、ではなく、共演なのだ。またご一緒する機会が楽しみ!

# by Megumi_Tani | 2024-03-06 20:10 | Musica あれこれ

夜の静寂(しじま)の…

「遠い地平線が消えて…」「夜の静寂(しじま)の何と饒舌なことでしょうか…」
たまたま見たネット・ニュースに、深夜、ラジオから流れてきた声がありありと蘇った。番組の名は「JET STREEM」、声の主は城達也さん。今日、2月25日は、城さんのご命日だそうだ。

夜も更けた12時、オープニングテーマ「ミスター・ロンリー」が流れ、遠い地平線が消えて…と、城さんの落ち着いた声が語りかけてくれる。初めて聴いたのは、京都での大学時代だろう。毎夜、この番組で一日を終えることが習慣になった。飛行機に乗ることがまだ高嶺の花だった時代。日常が一気に遠ざかり、心を遥か彼方に運んでくれた。
このブログでも何度も書いている通り、私はラジオが好きだ。実家はテレビをよく視る家だったが、京都でテレビ無しの生活を始め、ラジオの楽しさを知った。マスター・はかま満緒さんが個性豊かなゲストを迎えておしゃべりする「日曜喫茶室」も好きな番組だった。初めて吉行淳之介の声を聞いたときのドキドキ!。まだスペイン歌曲に出会う前、パコ・デ・ルシアのギターにひとめ惚れならぬひと聴き惚れしたのも、ラジオだった。「スーパー・ギター・トリオ」「魂の絵を描く~パコ・デ・ルシア」バルセロナでは、少しでも耳をスペイン語に慣れさせようと、ずっとラジオをかけていた。東日本大震災の折は、テレビでニュースを視ることが辛くなり、ラジオで情報を得た時期もあった。「被災地に雪が降る…

今もよくラジオをかけている。視覚に興味を持っていかれない分、よく集中できる。聴く者ひとりひとりが自由に想像の絵を描けるところは読書にも似ている。声の力、言葉の力、人間力。

昨今多い、ただただゲラゲラ笑う類の番組は苦手だ。笑い声には本音が見え隠れする。たぶんご本人たちが思っている以上にバレているんじゃないかな。

夜の静寂(しじま)に流れるダンディなお声…懐かしい。

# by Megumi_Tani | 2024-02-25 22:52 | 想いあれこれ

『瞳をとじて~Cerrar los ojos』

スペイン好きの間で今、話題の映画『瞳をとじて』。伝説の名画『ミツバチのささやき』『エル・スール』の監督、ビクトル・エリセ、実に31年ぶりの新作だ。

物語は、静かに進む。未解決事件を追うストーリーではあるが、ハラハラドキドキする類のものではない。少し長く生きた者なら誰にでもある心の秘密、語りたくても語れない想い、問われても答えたくない真実、答えなくても伝わる想い、儚くもよみがえる絆、遥かな夢、過ぎ去った時間、あなたは誰なのか?私は誰なのか?…

ひとりひとりの想いを深く包む闇、海辺のやさしい陽光、降りしきる雨、煙草、セファルディ、ちらりとテレビに映り込む当時のフアン・カルロス国王…さりげなく緻密、繊細で美しい。ほの暗く蒼いスクリーンに、ひとりだけ紅い服の女性がいる。あの『ミツバチのささやき』の少女アナだ。「Caminito」「El día me quieras」など、「歌」が効果的に使われている。男二人が「Caminito」を歌う場面では、思わず泣けてしまった。誰にも答えが分からない問いの余韻を残し、静かに物語が閉じる。

2月9日全国順次公開。ぜひ!


●ビクトル・エリセ監督インタビュー
●上映館情報は、こちら。





# by Megumi_Tani | 2024-02-15 23:01 | 本&映画

スペイン歌曲のスペシャリスト♪谷めぐみのブログです


by Megumi_Tani