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スペイン歌曲の故郷をめぐる講座@バスク

第3回スペイン歌曲の故郷をめぐる講座が終了した。
今回のテーマはバスク。北側、美しいビスケー湾に面した海バスクには、美食の街として、また国際映画祭でも名高いサン・セバスティアンがある。バスクといえば、忘れられないのがピカソの絵とともに悲惨な記憶を刻む村ゲルニカ だ。南側には、奥深い山バスクが広がる。今回採り上げた音楽家、ヘスス・グリディとセバスティアン・イラディエールは、二人とも山バスクの出身だ。

バスク州の州都ビトリア=ガスティスに生まれ、マドリードで学び、パリ、ブリュッセルへ留学。故郷へ戻り、郷土色豊かなサルスエラ、素朴なスペインの味わいをたたえた歌曲、合唱曲等を手がけたグリディ。田舎町ランシエゴに生まれ、教会オルガニストになるも、自由を求め、野望を抱き、出奔。時の運にも恵まれ、マドリード、パリの社交界で絶大な人気を獲得、華やかな生活を謳歌。楽団を引き連れてのアメリカ演奏旅行中に「ハバネラ」に魅了され、歴史上初の世界的大ヒット曲と言われる「ラ・パロマ」、のちに、ビゼー「恋は野の鳥」に大いなるインスピレーションを与えた「エル・アレグリート」を作詞作曲。晩年は健康を害し、ひっそり故郷へ戻り、人知れずこの世を去ったイラディエール。あまり多くの資料が残されていない、という点では共通しているが、趣のまったく違う人生を送ったことが推察される二人だ。

それにしても「ラ・パロマ」の幸福度はすごい。歌だけでなく、様々な楽器にアレンジ、演奏されている。ゆったり揺れるハバネラ。演奏している人も聴いている人も、なぜか楽しくなる。笑顔になる。体を揺らせたくなる。人生何とかなるさ!ケ・セラ・セラ!…しかし、イラディエールの人生を思うと、ふと哀しくなる。栄枯盛衰、人生は儚い、そんな感慨を覚える。ハバネラは、のどかでやさしくて実はとても切ないリズムなのかもしれない。


# by Megumi_Tani | 2025-11-19 21:56 | 講座/セミナー

1961年11月13日『鳥の歌』

1961年の今日、11月13日は、パウ・カザルスがホワイトハウスで演奏した日だそうだ。いつものように、マメなFBが教えてくれた。要、不要ごちゃまぜの膨大な情報が流れゆくSNSの世界。しかし時折、このような重要なチェックポイントを知らせてくれる。ありがたい。

名著『カザルスとの対話』にある1枚の写真。亡命したフランス側カタルーニャ、プラドの家の近くで、カザルスがカニゴーの山々に向かって、ステッキを掲げて挨拶をしている。あの山並み、カニゴーを越えれば、そこは愛する故郷カタルーニャ。帰りたいが、帰らない。帰れない、のではない。帰ろうと思えばいつでも帰ることは出来る。しかし、帰らない、のだ。信念の人カザルス。カニゴーの山々に向かって挨拶することを日課にしていたというカザルス。確固たる信念の奥の奥にあったであろう寂しさを思うと、切ない。

1961年11月13日『鳥の歌』_e0172134_23095008.jpg

1961年11月13日のホワイトハウスでの演奏会にも、様々な逡巡と困難があったと伝えられている。ケネディ大統領を信じ、決断した演奏会。そのケネディ大統領が後に暗殺されたことに、容赦ない歴史の重みを感じる。このコンサートの最後に奏でられたのも『鳥の歌』だった。

「人々を救う神様がお生まれになる、という歌詞。希望に満ちた明るい声で歌っておくれ」と、バルセロナ留学時代、いつも師に言われていた。なるほど、と、ずっと心して歌っていたが、段々それだけでは歌えない気持ちになった。透明だけれど、重く、切ない歌。哀しいけれど、かすかな希望を信じる歌。魂の痛みをそっと分かち合う歌…。

パンデミック下、世界が大混乱していた時、「今、カザルスが生きていたら何て言うだろう?」と、ふと自問自答したものだった。ホワイトハウスでの演奏会から64年が過ぎた今日、また思う。今、カザルスが生きていたら何て言うだろう?


# by Megumi_Tani | 2025-11-13 23:18 | スペイン音楽

朝カル講座『姫君たちの結婚と行末は?』

8月に続き、朝日カルチャーセンターにて、西川和子さんによるスペイン史のお話を聞いた。
711年イスラムの侵入から11世紀アルフォンソ6世の時代、イサベル&フェルナンドの時代を経て、前回講座で16世紀スペインの源義経?フアン・デ・アウストリアの生涯へ。今回は、16世紀の幸運王マヌエル1世から17世紀フェリペ4世に至る時代、国の命運をかけて繰り広げられた「結婚」がテーマだった。

幾重にも入り組む血縁、激しい戦いと駆け引き、宗教間の争い…様々な要素が絡みに絡み、魑魅魍魎、複雑怪奇。そのなかで、姫たちは、重要なミッションを担い、結婚させられていく。幸い相性よく、仲よく過ごした組み合わせもあったようだ。しかし、スペイン、ポルトガル、イングランド、オーストリア、フランスなど多国間での組み合わせとなれば、結婚してもろくに言葉も通じない。生活習慣も違う。幼すぎたり、親子以上の年齢差があったりもする。まさに、血を守り、国を守るための結婚。お産で早々に亡くなった姫もいれば、無事に10人産んだ姫もいる。近親での結婚が繰り返されたことによる悲劇は、よく知られているところだ。

それにしても、この人間関係の複雑さよ!しかも、あちらの名前にはバリエーションが少ない。母がイサベルで娘もイサベルなんて例はざらだ。アナ・マリアがいればマリア・アナもいる。資料の家系図を手掛かりに集中していても、ふと気を抜くと途端に迷路に迷い込みそうになる。そう…この複雑さに嫌気がさして、昔々、世界史を放り出したんだっけ…。

今日の終着点は、王女マルガリータ。あの有名なベラスケスの絵画『ラス・メニーナス』の中央に描かれているちいさな姫君だ。同じベラスケスによる「薔薇色のマルガリータ」「白のマルガリータ」のほか、ベラスケスの娘婿マソによる「喪服のマルガリータ」も美しかった。彼女は15歳でハプスブルグの叔父レオポルトと結婚、7人目を妊娠中、21歳で亡くなったそうだ。
かの時代、かの階級の人々にとっての「結婚」。なんとも壮絶、そして、どこか哀しい。


# by Megumi_Tani | 2025-11-08 20:18 | 講座/セミナー

ビクトリアの誕生日に寄せて

昨日11月1日は、ビクトリア・デ・ロス・アンヘレス102回めの誕生日だった。誕生日、ご命日、忘れられない思い出 etc。折々、彼女への想いを綴って来た。
●コロナ禍に悔しさを込めて
2020年11月1日2020年11月1日♫
●FBでのとある投稿に憤慨して
2022年11月8日99回めの誕生日
●最後にお目にかかった折の思い出
2015年10月11日「24年前のサルスエラ公演

上記は投稿のほんの一部。何かあるごとに彼女を見上げてきた。私が出会った頃のビクトリアは、すでにオペラを退き、世界各国の歌曲をレパートリーに活発な演奏活動を展開していた。凛々しく誇り高く、同時に素朴で繊細、そんな人間味あふれる演奏に憧れた。華やかなオペラ歌手時代に出会っていれば、逆に、ここまで心酔することはなかっただろう。

昔、カタルーニャのどこかの町で開かれたコンサートで、ビクトリアのお姉さんとお話したことがある。伝記にも登場するお姉さん。ちいさな子どもの頃から、妹ビクトリアの才能をかたく信じ、応援して来た。「ビクトリアは本当に内気な子だったの。こんな大歌手になって世界を飛び回るなんて夢にも思わなかった」と、目を細めていた。

大きな黒い瞳とショートカットの黒髪。コンサート本番でもヘアメイクさんなどいない。すべて自分で済ませていた。開演前の楽屋には誰も入れない。たった独りで舞台に集中する。世界的大歌手、スペインが生んだ名ソプラノ、輝かしい呼称にふさわしい厳とした気高さ。一方で、お姉さんの言葉通り、実はとても内気で、はにかみ屋さん。そんな彼女の佇まいがまた好きだった。


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# by Megumi_Tani | 2025-11-02 15:19 | スペイン歌曲

声は語る、ことばは語る

いつも書いている通り、私はラジオ党だ。この○○党という呼称、最近はある意味あやういのかもしれない。阪神タイガースファン:虎党はれっきとした現役だ。しかし、この熱心なファン、愛好家を表すウィットに富んだことば:○○党には、あまりお目にかからなくなった気がする。ことばは時代を映す。もしかすると、「ウィット」 が生じるための心の余裕がなくなっているのかもしれない。

10月、あれこれ雑事をしながら聴いている(流れている?)ラジオ番組の時間割、番組内容に変化があった。ただむやみにゲラゲラ笑う番組が私は苦手だ。出演者全員がキャハハハ、アハハハ、ガハハハと笑っているけれど、声が笑っていない。空っぽの笑い声。声だけ立てて笑っていない顔が目に浮かぶ。演出なんだろうな、台本に書いてあるんだろうな、と察しつつ、疲れてしまう。疲れてまで聴くこと、ないよね(笑)

ラジオでの「声」は雄弁だ。上述の笑い声しかり。緊張した声、棒読みの声、強張った声、怒った声、感極まった声、絞り出した声、ふと安堵した声、え?と素朴な疑問を感じた声、媚びを売る声、不安そうな声、大好きなものについて語る声、何だかザワザワする声、聴いているだけで心地よい声…。人は、心とともに自然に声を発する。台本もデータも計算もない自然な声。聴く側もまたその声に秘められた想い、声の奥底に潜むものを自然に感じ取る。人間のもつかけがえのない豊かな能力。

数日前、昔どこかで聴いたことがある曲が流れてきた。

歌詞のなかで「ジプシー」が何度も出てくる。このジプシーということば。今は使えない。「ロマ」とせねばならず、スペイン語の歌詞を訳する際の悩みのタネだ。たとえそれがステレオタイプのものであるにせよ、ジプシーということばは、心に何某かのイメージを抱かせる。しかし、ロマではそうはいかない。ちなみに、この曲のジプシーの部分をロマに変えて歌ってみると、ローマ、ローマ、となり、架空の歌の舞台もスペインからイタリアに変わってしまう。あらら…。ことばとイメージ、ことばと心はどのように結びついているのだろう?

もっとも身近にありながら、よく分からない「ことば」について、言語脳科学者、酒井邦嘉先生がやさしく語ってくださいます。
NHK[『ラジオ深夜便』10月27日(月)午後11時~


# by Megumi_Tani | 2025-10-26 14:06 | ラジオ&本&映画

スペイン歌曲のスペシャリスト♪谷めぐみのブログです


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