追悼と想い出と   

2019年も鏡開きが過ぎ、昨日は成人の日。私は京都で二十歳を迎えたが、成人の日はいつも通り大学の練習室で練習していた。成人式に参加する、なんて発想はこれっぽっちも浮かばなかった記憶がある。いまや伝説となった古い古い大学の校舎。平安神宮のま隣という稀有な立地だった。大学時代の私は、深く暗い闇を秘めたHugo Wolf の歌曲が好きだった。よもや数年後、太陽の国?スペインへ渡ることになろうとは!

その成人の日の昨日、梅原猛先生の訃報を知った。
私の学生時代、京都市立芸大の学長は梅原猛先生だった。当時すでに著名な哲学者、文学者、歴史学者であり、我々学生にとっては、日常ご縁のない遠い存在だった。ところが、ある年の学園祭、最終日のダンス・パーティーに梅原学長先生がやって来た。会場の隅の椅子に座り、当時流行っていたディスコ調?の曲にのって踊る学生達を興味深そうに眺めている。そのうち、誰かが「先生も踊りましょう!」みたいな感じで梅原先生の手を取った。すると先生はニッコリ!さっと立ち上がり、一緒に体を動かし始めた。学生達からはやんややんやの大歓声!そのいかにも不慣れな動き、お世辞にも上手とは言えない?ダンスを一生懸命踊る姿が何とも可愛らしい。何かの曲でペアを組んで踊る場面、私はたまたま梅原先生のお隣にいて、ずっとご一緒させていただいた。卒業してこの長い年月、輝かしいご業績のニュースに触れるたび、いつもあの夜の先生の柔和な笑顔が蘇ったものだ。
哲学者の梅原猛さん死去

哲学者といえば……昨年暮れ、佐々木孝先生が逝去された。
スペイン思想学の大家として、清泉女子大、東京純心女子大などの教授を歴任。退職された後、故郷・福島へ戻られ、ご自身のブログ等々を通じて骨太の発信を続けられていた。以前このブログでもご紹介した『スペイン文化入門』は、貴重な書だ。スペインという摩訶不思議な国の核心について、深く、鋭く論じられ、我々、哲学や思想学とは無縁の素人にも大いなる理解を与えてくれる。私自身、このご本を読んで、京都での大学時代にWolf大好きだった私が何故スペインに魅かれたのか、その理由を自覚することが出来た。12月20日の訃報をスペインの有力紙「El país」がいち早く伝えたことからも、先生の存在の大きさが分かる。
Fallece el traductor japonés de Unamuno que se negó a evacuar Fukushima
こちらでは、朝日新聞に掲載された追悼記事をご子息が紹介されている。
モノディアロゴス

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そして昨年暮れにはもうひとり……バルセロナの師の奥様が天に還られた。
これまでに様々な場面で触れている通り、私のバルセロナ時代が幸せに過ぎたのは、人との出会いに恵まれたおかげだ。特に師とそのご家族、そして親友Mikikoさんは生涯の恩人だ。師の奥様は声楽家、ギリシャ彫刻のような美貌の持ち主だった。師を愛し、師のピアノを愛し、家族を愛し、沢山のお弟子さんを育て…。師と私が百人会議の間で演奏することになった際、亡くなられたお母上から引き継がれたという大切なレースのボレロを着せてくださったことは忘れられない。天上の雲に乗り、今もきっとあの美しい姿で朗々と歌っているに違いない。Gracias! Myriam! どうぞ安らかに。




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# by Megumi_Tani | 2019-01-15 22:48 | エトセトラ | Comments(0)

「声の力を学ぶ」連続講座 第10回   

元NHKアナウンサー、山根基世さんが主宰される連続講座『声の力を学ぶ』第10回を聴講させていただいた。

今回の講師は、音楽・音声ジャーナリストとして、講演、執筆等で幅広くご活躍の山崎広子さん。「人生を変える「声」の力」と題し、声とは何か、心身への声の影響力とは、声と社会や歴史との関わりetc、「声という音」について様々な角度からお話しくださった。

あまりにも普通に、何気なく使っている「声」について、あらためて考えたことがあるだろうか?気道に異物が入らないようにするための膜である声帯を発音源とし、二酸化炭素を排出するための呼気をエネルギーに使い、空気の通り道である声道を共鳴させ、消化器の一部である口腔、歯、舌、唇によって構音される…それが「声」。声専用、発声専用の器官などというものは人体のどこにも無い。それなのに当然のように存在し、人間に大いなる影響を与える「声」。一体「声」とは、何ぞや???昨今では、聴覚と脳の研究が進展し(聴覚心理学、認知神経科学etc)、その謎の解明が進みつつあるそうだ。

「声」は顕在意識と潜在意識の両方に働きかける。会話や演説で、内容として顕在意識に残るのは1、2割程度であり、内容よりも「声という音」に含まれる無数の要素が圧倒的に人の感情を左右する。「声」は、時として言葉よりも雄弁に何かを語る。

目は自らの意志で閉じて情報をシャットアウトすることが出来るが、耳にはそれが出来ない。耳がキャッチした音情報はすべて無意識のうちに脳に取りこまれ、人間は無自覚のままその影響を受ける。そんな「声」は、古代シャーマニズムにおける儀式や霊との交信、キリスト教における教会建築や聖歌、はたまた戦意高揚のためのプロパガンダ等に利用されてきた。ラジオ、テレビ、映画等、音声マスメディアの発達も見逃せない。「声」の影響力が歴史を作った、といえるかもしれない。ちなみに、あのクレオパトラも絶世の美女ではなく、絶世の「声」の持ち主だったそうな。

日本人の声とメンタリティーについても熱く語られた。日本人女性の声は世界一周波数が高い。これは暗黙の社会的圧力の下、作り声⇒作られ声を出すことを余儀なくされているからではないか?作られ声⇒自分が納得しない声を常に使っていると、自己肯定感が低下し、心身のストレスが増す。逆に、オーセンティック・ヴォイス:本物の声⇒自分が納得する声を使って生きることは、自己肯定感を高める。

「声」は自分の個人情報を曝け出しているようなもの。恐れず自分の声と向き合い、自分の心身が納得する「自分の本物の声」を見付け、声を生涯の味方にしましょう!と、力強く結ばれた。豊富な資料、尽きぬ話題に、アッという間の2時間だった。

ふと、ずっと昔聴いたラジオ番組が蘇った。詳細は忘れたが、「魅力的な声」について考える番組だったと思う。「絶世の声」で囁けばあらゆるものが口説き文句になる、という命題の下、俳優の細川俊之さんが、定食屋のメニューをゆっくりと読み上げて行く。「親子丼800円、鯵のフライ定食780円、カツ丼900円、オムライス650円…」最初はどこかの定食屋の店内をイメージして聴いていたが、いつの間にかそんな絵は消え失せ、ただただ柔らかく甘い細川さんの声にうっとり…。ご講義にあった通り、カツ丼だ、親子丼だという内容を越えて、細川俊之さんの「声」が圧倒的に聴く者の心を動かしていた。

ずっと前(2011年!)に、こんなブログを書いたことも思い出した。「鼻ラッパ

質問コーナーで、山根さんがAIについてお尋ねくださった。「限りなく人間の声に近づけたものが出来ても、それは人間の声とは違う」との山﨑さんのお答えに、そうだ!と、いたく共感。

初音ミク嬢なるものが現れて以来、ずっとそう考えて来た。人間の声に限りなく近いAIの声はこれからもどんどん開発されるだろう。ワ~!〇〇さんの声そっくり!と誰もが歓声を上げる?! しかし、同じ人間でも昨日の声と今日の声と明日の声は同じではない。朝と夜でも声は違う。どこにいるか、誰と一緒にいるかでも出る声が違う。歌い手の立場で言えば、昨年の声と今年の声、あの作品を歌う時の声とこの作品を歌う時の声は違う。同じ作品を歌っていても昨日と今日では歌い方はが違い、そこで響く声も違う。それはその日の体調や気分だけで決まるものではない。説明のつかない「何か」が閃いたり、閃かなかったり、様々に変化するからだ。ましてコンサートとなれば、共演者、お客様、会場etc、様々な要素が加わり、溶け合い、昇華され、歌い手本人にも予測のつかない「声という音の世界」が生まれる。そこは計算を越えた領域。機械のように正確無比なものではない。揺らぎある、不確実な世界。しかしそこには、声の持ち主にも計り知れない無限の未知の世界が広がっている。

「この講座、深いですね」隣の席の方が、しみじみ呟かれた。
ご縁に感謝!

★第1回から第9回のレポートは、こちらのページでご覧になれます。

★伝説の番組NHK『映像の世紀』が、東京フィルハーモニー交響楽団、加古隆さんのピアノ、そして山根基世さんのナレーション!で蘇ります。
詳細はこちら⇒『NHKスペシャル映像の世紀コンサート


2014年、話題になった山﨑広子さんの著書
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# by Megumi_Tani | 2019-01-11 22:50 | 講座/セミナー | Comments(4)

2019年迎春   


平成から次の時代へ
新しい年が明るく穏やかでありますように

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# by Megumi_Tani | 2019-01-05 22:12 | エトセトラ | Comments(0)

2018年、年の瀬に寄せて♪   

今年も残りわずか。仕事柄、通常はほぼ西暦を使用しているが、今年は平成最後の年の瀬ということで、いつもの年とは違う感慨があった。

12月23日にテレビ放映された天皇陛下の記者会見。人生を「旅」に例えられた真情溢れるお言葉に、人として深い共感を覚えた方も多いのではないだろうか。
天皇陛下85歳 平成最後の誕生日会見

「共感」は、心に力を与えてくれる。元NHKアナウンサー山根基世さんが主宰される連続講座「声の力」 、第8回で出会った「ダバール」のお話。ご講義後の質問時間に、私が思わず語らせていただいた遠い日の体験談に、森司教様は「よかったですね」と優しく頷かれた。「頑張れ」ではなく、「よかったですね」「大変でしたね」そんな共感の言葉、寄り添ってくれる言葉こそが、人を慰め、力を与えてくれる。

個人的には、予期せぬ入院騒動に見舞われた年だった。両刃の剣としての薬の力を実感。あな恐ろしや。

9月には、久しぶりのCD「スペイン浪漫」をリリースさせていただいた。想いをいっぱいにこめた選曲。おかげ様でご好評をいただいている。「ジャケットにバーン!と貴女の写真が無いところが貴女らしい」とのご感想を寄せてくださった方がいた。どんなに素晴らしい作品でも、楽譜である限り、ただの紙切れに過ぎない。その紙切れっぱいに踊る音符、楽語、記号、歌であれば歌詞 etcを通して、作曲家が創り出した音宇宙を感得し、その佳き表現者になる。演奏者の使命、目標は、ただそれに尽きるような気がする。いつもまず作品がある。そして、それを伝える役目の演奏者がいる。というわけで、私の場合、ジャケットにバーン!という写真は、心情的にご縁がない(笑)

そんな想い、願いに、勇気を与えてくれる記事に偶然出会った。
アレクサンダー・コブリン審査委員へのインタビュー
他者との競い合い、己の個性の発露に夢中になることで、知らず知らずのうちに見失われていく大切なものにやんわりと警鐘を鳴らし、己のエゴを捨て、ただ作品そのもになりきった演奏を讃えている。最終段の言葉「私が求めているのは、自分自身よりも音楽のほうを愛している音楽家です」素敵!

節目の年の瀬、来たる年が明るく穏やかでありますように。
皆様、どうぞ素敵な年末年始をお過ごしください。

今年天に召されたカバリエと、同じく今年映画が大ヒットしたフレディ・マーキュリー。同じ年に話題になるなんて!二人はやっぱり相性がよかったのかな。



# by Megumi_Tani | 2018-12-28 22:17 | 思い&想い | Comments(0)

「声の力を学ぶ」連続講座 第9回   

元NHKアナウンサー、山根基世さんが主宰される連続講座『声の力を学ぶ』第9回を聴講させていただいた。

★第1回から第8回のレポートは、こちらのページでご覧になれます。
山根基世「声の力」講座

今回の講師は、詩人、俳人、随筆家、翻訳家としてご活躍のアーサー・ビナードさん。
タイトルは「ケモノの声が出せるか?日本語と英語の源について」。アメリカ、ミシガン州に生まれ、日本で学び、活動するようになられたご自身の歩み、他言語との出会い、他言語で考える楽しさ、アルファベット「R」が表わすもの、翻訳とは何か、言葉とは何か、etc,etc。ユーモアたっぷりのお話は尽きるところがない。最後には、自ら制作された貴重な「紙芝居」もご披露くださり、素敵な二時間が終了した。

アーサーさんの綴りは「Arthur」。意味は熊。「熊五郎ですね」などと笑いを取っておられたが、Arthur に入っているアルファベット「R」は、本来とても勢いのある、強烈な発音を表わす。「Arthur」にはその強烈な「R」が2つもある。日本語で言うちょっと息が抜けた感じの「ああさあ」は、ずい分印象が違うそうだ。関連して、日本語のラリルレロは「R」か「L」か、という問題もある。どちらかといえば「R」??しかし厳密には、そのどちらでもない。「R」は迫力、「L」は優しさ。両者は対極にある。そもそも「R」と「L」は別物なのだ。

絵本『はらぺこあおむし』を題材に、翻訳の真髄についても語られた。翻訳とは、単なる言葉の置き換えではない。言葉の奥にあるものを掘り起こし、掘り下げ、深い根底を確認し、創作すること。そのためには、言葉の奥にある力学を知らねばならない。

アーサーさんは数多くの絵本の翻訳を手掛けておられる。講座後半には、まずそのなかのひとつ、世界的大ヒット曲「What a wouderful word」の歌詞をアーサーさんが翻訳した『すばらしい みんな』を、絵とともに、読み語ってくださった。
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続いて、昆虫語という我々人間には分からない言葉による絵本「なすずこのっぺ?」の読み語り。単語の意味はチンプンカンプン、まったく分からない。しかしそれでも、アーサーさんが深い抑揚をつけて読み、語る声に、会場全体が惹きこまれていく。この絵本に込められたアーサーさんの熱い思いが、真っ直ぐに伝わって来た。
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スペイン語の歌に携わる者として、今回の講座はとても身近に感じられるお話だった。
「R」と「L」は、外国語の歌を歌う日本人にとって永遠の課題だ。「R」と「L」は別物だと言われても、我々には、そもそも別物と捉える感覚が無い。二種類のラリルレロをいかに明確に区別して発音するか、という本来ありえない目的のために、日本語脳には刷り込まれていない舌の動きと悪戦苦闘するハメになる。翻訳についてのお話には、いたく共感。まさに膝を打つ思い。昆虫語による読み語りには、「あぁ、スペイン語の歌を聴いているお客様の大半は、こんな感じなのかなぁ」と、あらためて実感。意味がダイレクトに分からない。でも、何とかして作品にアプローチしようと耳と感性を研ぎ澄ます感覚。そして……アーサーさんの昆虫語による読み語りは、たしかに私達の心に届いた。その根底には、アーサーさんのこの作品への愛がある。そして「声の力」がある。

「日本に来て、母国アメリカを客観視することで、逆にアメリカの中に入り込むことが出来た」とも語っておられた。外国文化に関わっておられる方々の中には、共感される向きも多いのではないだろうか。私も、スペインという国に深く触れることで、日本という国に対するより客観的な視線が養われたような気がする。

講座の締めに、山根さんが紹介されたこの本。鋭いです。
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# by Megumi_Tani | 2018-12-15 22:40 | 講座/セミナー | Comments(0)