大輪の華   

先日のブログに杣人さんがマリア・カラスのことを書き込んでくださった。

高校三年の時に突然、声楽を始めた私は、当時全盛だったフォークや荒井由実(=松任谷由実と分かる人は、世代が同じ!)は知っていっても、クラシック音楽のことをほとんど何も知らなかった。大学生になって初めてマリア・カラスのLPを聴き、その声に驚愕した。「しょっぱい声だ」と思った記憶がある。世紀のプリマドンナには申し訳ないが、美しい、というよりは不気味な何か。怖い、冷たい。皮膚を逆なでされているような気がする。苦手だった。聴けない、というか、聴きたくない、というか…。以来、彼女の録音を敬遠するようになった。

時が過ぎ、大学卒業後、レコード店の輸入盤売り場でマリア・カラスのLPを見つけた。あまり聴かない珍しいアリアばかりが収められている。嫌だ、と思う一方で、何故か、聴け!と心が命じている。帰宅してそのLPを聴いた。雷に打たれたようだった。感想ウンヌンではない。「マリア・カラスはすごい」ただこの言葉が自分の中でグルグル回っていた。彼女に関する本を何冊か読んだ。晩年の孤独に胸が痛んだ。

また時が過ぎ、1997年8月31日夕方、私は自宅でマリア・カラスのビデオを見ていた。ロンドン・コベント・ガーデンロイヤル歌劇場でのトスカのライブ&演奏会でのカルメンのハバネラ。圧倒的な彼女の歌唱、そして姿の美しさ。最後まで見終わった時、ふと思った「こういう人は長生きしないのだ」。持って生まれた命のエネルギーを短い時間に異様な激しさで燃やし尽くし、大輪の華がボトリと落ちるように、その使命を終えるのだ。

思わず深いタメ息が出た。気づけば、部屋はもう薄暗い。テレビのスイッチを入れた。ちょうど午後7時の時報。そして大きくニュースが映し出された『ダイアナ妃、事故死』 息をのんだ。英国の大輪の華がボトリと落ちた。たった今見たビデオ、マリア・カラスの生涯と重なる気がした。美、華、艶、哀、怨、孤…。やはり、こういう人は、この世に長くはいられないのだ。

美人薄命という言葉がある。しかしこの大輪の華二輪、そのような、どこかはかなく弱々しい印象ではない。強く、激しく、真っ向から生ききった、熱い命を感じる。
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by Megumi_Tani | 2010-01-23 02:00 | 思い&想い | Comments(0)

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