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「わが子を腕に抱く母たちの祈り」

夕方、最寄りの駅ビル。各ショップも通路も人で溢れかえっている。本屋さんで何となく雑誌を眺めていると、どこか遠くから声が聞こえてきた。「おかぁさ~ん!」さして気にも留めず、新書コーナーに移動して平台を眺めていた。すると、また聞こえてきた。「おかぁさ~ん!」あれ、さっきと同じ声だ…。と思ったところで、また聞こえた。「おかぁさ~ん!」気になって通路の方に出てみると、向こうのエスカレーターの横に小さな男の子が立っている。「おかぁさ~ん!」子どもの声はよく通る。通路いっぱいに響きわたる「おかぁさ~ん!」に、皆、一斉に振り向いた。男の子の周りには沢山の人がいるのに、ただジーッと見つめて立っている人、横目でチラッと眺めてエスカレーターを降りて行く人…。誰も助けない。男の子は手でグッと涙をぬぐって、もう一度叫んだ「おかぁさ~ん!」もう黙ってはいられない。私は混み合う通路を突っ切って、男の子に駆け寄った。「ボク、おかぁさんがいなくなっちゃったの?」「うん」利発そうな子だ。頬の涙をぬぐいながら、健気に唇をかみしめている。「大丈夫!ボクのおかぁさんを探してくれるお姉さんのところに行こう!おばちゃんが連れて行ってあげる」「そのお姉さんが、ボクのおかぁさんを見つけてくれるの?」「そう。お姉さんがマイクでおかぁさんを呼んでくれるから、ね」ウン、と素直に頷いて、男の子は一緒に歩き出した。「ボク、いくつ?」「6歳」ハキハキと答える。1階のインフォメーションで案内嬢に事情を伝えた。「じゃぁ、おばちゃんは行くから、お姉さんにお名前をちゃあんと言ってね」ウン、と、また素直に頷く。案内嬢の問いかけに答える男の子の声を背に、その場を離れた。ほどなく館内放送が流れた。「6歳の〇〇君が迷子になっておられます。お母様は一階のインフォメーションにお越しください」気になって耳をそばだてていたが、放送は一回しか流れない。ということは、母親がすぐに現れたのだろうか…。本屋に戻り、ひとしきり本を眺め、そろそろ帰ろう、と、エスカレーターを降りたところで、チラッとあの男の子の姿が見えた。母親らしき女性としっかり手をつなぎ、目をクリクリさせている。あぁ!よかったね!ボク。

リサイタルでファリャの1914年の作品「わが子を腕に抱く母たちの祈り」を歌った。プログラミングの段階では「お前の黒い瞳」という、その名もロマンティックな曲を選び、練習も伴奏合わせも進めていたのだが、その間に、世界のあちらこちらからキナ臭いニュースが届くようになった。世界情勢がちょうど百年前、第一次世界大戦が起きた頃と似ている、とも言われ出した。今こそ、「わが子を抱く母たちの祈り」を歌う時ではないか…。そんな思いが日ごとに強くなり、浦壁さんにも相談し、ついにギリギリになって曲目を変更した。

「わが子を兵隊にしないでほしい」と、ただ切々と願う、母の歌だ。ずいぶん前にこの歌に出会った時、あぁこれはスペイン版「君死に給うことなかれ」だな、と、思った。わが子を思う母の心に、洋の東西も、時代の別もないことを、しみじみと感じさせられる。

伝記によると、ファリャ自身はこの作品をあまり気に入っていなかったらしい。しかし、作品誕生からちょうど百年を経た今、この曲は、時空を越え、ファリャ本人の思惑をも越え、熱く静かに存在の意味を放っている。マエストロ・ファリャ、ありがとうございます。  
ファリャについて ⇒ 「ファリャ再発見」

「わが子を腕に抱く母たちの祈り」_e0172134_0213645.jpg
                              photo:藤本史昭

by Megumi_Tani | 2014-10-16 00:22 | リサイタル

スペイン歌曲のスペシャリスト♪谷めぐみのブログです


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