グラナドス没後100年~「ゴイエスカス」   

今日2016年3月24日は、エンリケ・グラナドス100回目の命日に当たる。
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1916年3月24日、彼と愛妻アンパロを乗せた船は、英仏海峡でドイツの潜航艇による無差別攻撃を受けて沈没。二人は海の藻屑と消えた。ニューヨークで自作のオペラ『ゴイエスカス』初演に立ち会い、その大成功を見届けてバルセロナに帰る、その途中の出来事だった。

30歳の頃、ゴヤの絵に出会ったグラナドスは、その暗い宿命の香り、マホとマハの恋のさやあて、運命の無情etcに深く魅せられていく。ピアニスト、作曲家、教育者として活躍しながら、構想を練り、自らスケッチを描き、温めること十余年。1911年、44歳の時、ついにピアノ版『組曲ゴイエスカス』第1部を完成、初演にこぎつけた。会場はバルセロナのカタルーニャ音楽堂。自らピアノを弾いている。さらに1914年、47歳の時に、第2部を含む『ゴイエスカス』完全版をパリで初演。熱狂的支持を受けた。

タイトル「ゴイエスカス:ゴヤ風の」が示す通り、この作品は、ゴヤの絵に描かれるマハとマホの悲劇的な愛の物語をピアノが語っている。そのストーリーをオペラにしないか、との話が持ち上がった。しかもパリの劇場が初演を引き受けるという。グラナドスは、この作品こそ生涯の傑作と信じ、作曲に没頭した。翌年、オペラ版『ゴイエスカス』完成。ところが、時は第一次世界大戦下。戦争の混乱によってパリ初演の話は立ち消えになった。

傷心のグラナドスのもとに、ニューヨークのメトロポリタン歌劇場が初演を引き受ける、との知らせが届く。彼は船が大の苦手だった。しかし、掛け替えのない初演の機会を逃すわけにはいかない。一大決心をして、妻とともに船に乗り、アメリカへ渡った。

オペラ『ゴイエスカス』ニューヨーク初演は大成功を収める。悲願成就。グラナドスは安堵したに違いない。これで帰国するはずだったが、急きょ、ホワイトハウスに招かれ、帰国を延期。ウィルソン大統領の御前での演奏を終え、あらためて予約した船でアメリカを後にした。まさか途中の海に悲劇が待ち伏せているとも知らず…。

戦争の犠牲、だ。第一次世界大戦による混乱に陥っていなければ、『ゴイエスカス』は当初の予定通りパリで初演されていただろう。そうすれば船でアメリカに渡る必要もない。ちょうどこの頃から、無差別攻撃なるものが始まった、と、何かで読んだ。

歴史に「もしも」は無いが、あえて考えてみれば、もしもホワイトハウスに招かれず、予定の船で帰途についていれば、その船は爆撃されずに済んだかもしれない。

しかし、こんな「もしも」も考えられる。もしもこれが往路の船だったら…。
つまりニューヨークに向かう船が爆撃されていたら、グラナドスは初演に立ち会えなかったことになる。自身の最高傑作と信じ、渾身の力で完成させたオペラ『ゴイエスカス』。その初演に向かう旅、まさに悲願成就を目前に不慮の死を遂げることは、芸術家グラナドスにとって耐え難い無念であっただろう。

ゴヤに魅せられた浪漫の作曲家グラナドスの魂は、48年の生涯で真に独自の芸術の華を咲かせ、ドラマティックに、そして、ロマンティックに、天に還っていったのかもしれない。

グラナドス本人の演奏によるピアノ版「ゴイエスカス」


演奏会形式によるオペラ版「ゴイエスカス」@パラウ(カタルーニャ音楽堂)



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漱石とグラナドスの時代~スペイン歌曲浪漫
お申し込みくださった皆様、当日お目にかかるのを楽しみにしています060.gif
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by Megumi_Tani | 2016-03-24 02:15 | スペイン歌曲 | Comments(0)

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