人気ブログランキング |

カザルス作曲『さようなら…!』   

1916年3月11日。ニューヨークの港には、帰国するグラナドス夫妻を見送りに、カザルス、クライスラー、パデレフスキーら大勢の音楽家が集まっていた。

1月26日、メトロポリタン歌劇場で初演されたグラナドス作曲『ゴイエスカス』は大成功を収めた。憧れのゴヤの世界を音で描いたオペラ、ヨーロッパの浪漫、暗い宿命と粋な風情に彩られたマハとマホの恋物語がニューヨークで受け入れられたのだ。世に思われがちな「スペイン」とはおよそ趣きを異にする音楽。期待外れと批判される危惧もあった。しかし、音楽とは己の内奥から湧き上がるもの。その信念のもと、自身の最高傑作と確信した『ゴイエスカス』が人々に支持されたのだ。グラナドスは幸福だった。

彼の名声はいやがうえにも高まり、急きょホワイトハウスに招かれることが決まった。帰国の船はすでに予約してあったが、グラナドスはやむなく帰国を延期、予定の船をキャンセルした。

そんな思いもがけない慶事も含め、数々の祝賀レセプションや仕事を終えて、今やっと船に乗り込もうとしている。バルセロナを出発したのは前年の暮れだ。クリスマスも東方の三博士の日も留守だった。幼い子ども達は両親の帰りを首を長くして待っているに違いない。「今、英仏海峡を渡るのは危険だ」と忠告してくれる人もあったが、もうこれ以上、帰国を延ばす気にはなれなかった。

港に集まった仲間たちと挨拶を交わす。ニューヨークでのグラナドスの成功を、皆、我が事のように喜んでくれている。なかでも郷友、カザルスは格別だ。彼はメトロポリタン歌劇場でのリハーサルから本番まで、助手として、友として、ずっとグラナドスの傍らにいた。「次はバルセロナで会おう!」故郷での再会を約束する二人。鳴り響くドラ、ゆっくりと港を出る船、互いに大きく手を振りあうグラナドスと友人達…。

1916年3月11日。ニューヨークの港で繰り広げられたであろう光景が、あたかもこの目で見たかのようにくっきりと心に浮かぶ。グラナドスの訃報を知ったカザルスは、『ゴイエスカス』が大成功を収めた、その同じメトロポリタン歌劇場で、グラナドスの遺児達のためのチャリティーコンサートを企画。賛同する多くの音楽家が駆けつけた。照明が落とされた舞台、ピアノの上の燭台にロウソクが灯され、パデレフスキーがショパンの「葬送行進曲」を捧げたという。

リサイタル『スペイン浪漫Ⅱ』で、カザルス作曲『さようなら…!』を歌う。この悲劇が起きるずっと前、カザルス20歳の作品だが、あまりにもダイレクトな、このタイトルに胸を衝かれた。20歳といえば、ちょうどカザルスとグラナドスが出会った頃だろうか。

どうやら日本初演である。日本のスペイン音楽の父、濱田滋郎先生もご存じなかった。何でもあり?のYoutubeにも見当たらない。ひっそり楽譜に埋もれた曲ならば、グラナドス没後100年の今年、郷友二人の厚き友情に憧憬を捧げ、歌ってみたい。

ご来聴をお待ちしています060.gif
スペイン浪漫Ⅱ~エンリケ・グラナドス没後100年に捧ぐ

グラナドス最後の作品 『間奏曲~ゴイエスカスより』

by Megumi_Tani | 2016-06-11 23:06 | リサイタル | Comments(0)

<< 6月講座《魅惑のスペイン歌曲 Ⅱ》 6月講座《魅惑のスペイン歌曲Ⅰ》 >>