「声の力を学ぶ」連続講座 第8回   

元NHKアナウンサー、山根基世さんが主宰される連続講座『声の力を学ぶ』第8回を聴講させていただいた。第1回」「第2回第3回」「第4回」「第5回 」「第6回」「第7回
(谷めぐみ登壇の様子が山根さんのHPで紹介されています声の力を学ぶ 連続講座

今回の講師は、森一弘司教様。「いのちとしての言葉(ダバール)聖書の世界から」と題し、聖書で語られる「力・光・命」としての言葉について、ご自身の体験を交えながら優しくお話しくださった。

「ダバール」とは、ヘブライ語。「ことば」と訳されるそうだ。ラテン語における己を表現/主張するための「ことば」、ギリシャ語における思索/伝えるための「ことば」、そして日本語における言の端としての「ことば」、「ダバール」はそのいずれでもない。「ことば」を発する主体のありよう、そこに軸足をおく。

「ことば」を発する主体が豊かであたたかければ、その人の発する「ことば」は受け取る人を豊かにあたためる。主体-being-と主体が触れ合い、響き合う。そこに命、力、光が生まれる。その人の存在のありようから発せられる「ことば」、それが「ダバール」。

トリイ・ヘイデン著「檻のなかの子 憎悪にとらわれた少年の物語」を例に、ことばを発する主体の安定、豊かさ、誠実さについても説かれた。周りの世界が不安定で信じられないことから、魂の奥底に深い怒り、悲しみ、憎しみを抱え込んだ少年。ヘイデンがその彼を信じ、彼の痛みに共感し、誠実に忍耐強く関わりつづけることで、少年は少しずつ心を開いていく。真に共感してくれる人に出会えたとき、人は初めて孤立感から抜け出せる。共感から発せられることばは相手を支え、生かす。

「ことば」は主体の心のありようそのもの。主体の心のありようを載せている。
「ことば」は、力、光、命であるとする聖書の世界の『ことば』に対する意味づけは、「ことば」を発する主体の豊かさ、あたたかさを前提にしたもの、と結ばれた。

淡々と語られる、森司教様のお声、そのお話のありように共鳴し、知らず知らずのうちに、こちらのありようがあたたかく揺すぶられる。まさに、ダバールのあたたかい光をいただいた90分だった。

「ダバール、いいですね…」いつも隣のお席にいらっしゃる方と思わず笑顔でうなずき合った。元々の意味は「内側から吹き出してくる息吹き」。そんな歌が歌えたらいいな、と思う。
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by Megumi_Tani | 2018-11-09 22:41 | 講座/セミナー | Comments(0)

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