濱田滋郎先生のメッセージ♪
2023年 03月 21日
今日3月21日は、スペイン文化研究家・濱田滋郎先生のご命日にあたる。2021年の早春、先生は静かに旅立たれた。「濱田先生は日本のスペイン音楽のPapáです。どうぞいつまでもお元気でいてくださいね」などと親しくお話したことも懐かしい。「濱田先生、空へ」
先生がお元気な頃は、リサイタルに向けていつもメッセージをいただいていた。スペイン音楽について、スペイン歌曲について、そして私の歌について、先生独特の味わい深い名文をお寄せくださる。お客様も私本人も拝読するのが楽しみだった。今年は、先生を偲び、感謝を込めて、過去にいただいたメッセージの中から、いくつか紹介させていただきたい。
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●2008年~谷めぐみを讃えて~
スペイン歌曲を専門とする数少ないソプラノ、谷めぐみを、デビューしたての頃から私は聴いてきた。そして聴くたびに、この人にはスペイン歌曲を歌うための豊かな天性があると思った。谷めぐみの声は熱い。言うまでもなく情熱はスペインの芸術に欠かせない要素で、炎を秘めた声を持つことは何よりふさわしい資質である。しかしまた、スペインの芸術は、情熱があればすべて良いわけでは、けっしてない。そこには、ある微妙な「感じやすさ」の要素も、ぜひなければならない。この要素が生かされてこそ、私たちを真に魅了する独特な宿命感を伴った哀愁や詩情、そしてスペインの芸術の鍵となる「粋(いき)」が生まれる。谷めぐみの歌には、その「感じやすさ」が充分に具わっており、だからこそ耳に快いばかりでなく、胸の内側に強く響く。二十年以上、打ち込んでの年月はかりそめではない。ここに歌われる、ひとつひとつ懐かしい面差しを持つスペインの歌たちはみな、年輪の放つ掛替えない香りを帯びて、私たちの心に染みるに違いない。
●2013年
「谷めぐみを、また聴ける」…そう言って微笑み合う人びとの輪は、疑いなく、リサイタルが回を重ねるごとに増えつづけている。聴いたら、次も聴きたくなるこの人の魅力は、どこにあるのだろう?愛する対象「スペインの歌」を自分のものにしきった選曲と歌いぶりに加えて、肝腎なのが「声の熱さ」ではなかろうか。この「熱さ」は、彼女が心に抱いている「想い」から来る。「歌うこと」「歌い手であること」への、使命感を伴った想い。第2の故国スペインに寄せる想い。そして何よりも、彼女のうちで人一倍深くはぐくまれた、人びとの「真ごころ」に向けての想い。「心根」は日本語で最も美しい言葉のひとつだが、谷めぐみはそれを「心音(ね)」として歌声にこめる。それをこそ、人びとは待ち受けるのだ。
●2014年~歌の「いのち」を知る人、谷めぐみ~
グラナドスほかの「芸術歌曲」から、「ラ・ビオレテーラ」などの「懐メロ流行歌」に至るまで、それぞれに魅力的なスペインの歌たち。今年もまた、それらに歌としての「いのち」を吹き込む術を心得た人、掛替えのないスペシャリスト、谷めぐみのリサイタルを味わえる。題して「スペイン浪漫」、スペイン語で言うとすれば「エスパーニャ・ロマンティカ」となるだろうか。たしかに、スペインの歌には、つねに微妙な「粋(いき)」のスパイスを混ぜ込んだロマンティシズムの甘美さ、優美さが行きわたっている。ただし、スペインのロマンティシズムは、たんに夢のような甘美さに浸るだけのことではない。そこには常に、リアリズムの裏打ちがあり、実人生の悲哀、苦痛、あるいは宿命感といったものが浸み込んでいる。そういった「裏のもの」までも、余さず歌に込め、味わわせてくれる人こそ、歌の「いのち」を知る谷めぐみなのである。
●2015年~お祝いのことば~
告げられた「30周年記念リサイタル」の文字に感慨をおぼえながら、「演奏予定曲」の一覧を眺めてみる。改めて思うのは、谷めぐみが心のすべてを寄せつづけてきた「スペインの歌」というものの素晴らしさである。よく言われる「情熱」と「哀愁」、スペイン芸術のキイ・ワードと言ってよい「粋」の香りという共通項のもとで、これらの歌たちは、なんと多彩な性格をそなえているのだろう。西ヨーロッパに位置しながら、古来中近東やアフリカからの人種、文化を受け入れてきたスペインの特殊な歴史、それを踏まえた国内各地方それぞれの民俗的伝統の多様さが、そうした多彩さの源になっている。谷めぐみがしてきたように、この豊かなパノラマを把(とら)えきり、歌のひとつひとつにふさわしい表現を与えて聴きての耳と胸とを深くうるおすのは、思えば大変な仕事である。天賦の資質に加えて誰にも負けない熱誠、30年の年輪。谷めぐみが世に在ることを改めて天に感謝せねばなるまい。
●2016年~谷めぐみに天才グラナドスの真髄を聴こう~
スペインが誇る天才ピアニスト・作曲家エンリケ・グラナドスが、第一次世界大戦の罪なき犠牲として英仏海峡に没した-乗り合わせた英汽船がドイツ潜航艇に急襲された-のは、1916年3月24日、ちょうど100年前のことである。作曲家はまだ48歳の働き盛りであった。100周年を記念し、今年の「スペイン浪漫」はグラナドスの歌曲集が主になる。大画家ゴヤ(1746-1828)の時代に生きた、装いも心も「粋」そのものだったマハ(粋な女)とマホ(だて男)の世界……そこへの尽きぬ憧れを綴った調べを、谷めぐみが彼女ならではの感性、同化力をこめて、素晴らしく表現してくれることに疑いはない。更に、グラナドスに縁のあった周辺の偉材たちの作品も並べられ、中には彼を「スペインのシューベルト」と呼んで敬愛した巨匠カザルスが作った歌曲「さようなら…!」(これは筆者も初耳)まで用意されている。谷めぐみの世界は、つくづく深い。
●2019年~スペイン歌曲の真髄を告げる歌い手~
スペインは普段、「ヨーロッパで最もヨーロッパらしくない国」だと思われ、その音楽も「ローカルかつエキゾチックな魅力が売り物」と思われてきたふしがある。だが、実のところ、これは、19世紀頃から続いてきた「西欧中心の思潮」に片寄った見方に過ぎない。古代、中世以来イベリアの地に積み重ねられた諸民族の血と文化の産物であるスペインの芸術は、実は東方と西方、2つの要素を練り混ぜたところに育まれた、ローカルどころか、真にユニヴァーサルなものである。そこに在るのは、たんなる感性の戯れではない。東西の知恵と感性を織りまぜた、人間の心に住む奥深いものまでが、そこには表現される。そのような意味合いから、ここ、東洋の日本に、谷めぐみのような優れたスペイン芸術のエキスパートが居り、私たちの心の琴線を揺るがせてくれることは、大きな意義がある、と言わねばならない。歌われるのが熱い祈りの歌であれ、粋な愛と情熱の歌であれ、この人の歌声にはある故知れぬ郷愁と人間の心の真実がこもり、真の感動へと導く。大切な歌い手を聴く機会がまたここに訪れたことを嬉しく思う。
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濱田先生、かけがえのない文章の数々を本当にありがとうございました。今年も、励みます。
谷めぐみリサイタル『スペイン歌曲浪漫 』
2023年9月10日(日)午後2時開演@Hakuju Hall
チケット発売開始5月10日予定