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カテゴリ:講座/セミナー( 112 )   

第2期 連続講座「声の力を学ぶ」第4回   

元NHKアナウンサー室長山根基世さんが主宰される「第2期『声の力を学ぶ』連続講座
第4回を聴講させていただいた。
★第1期のレポートはこちら ⇒ 第1期『声の力を学ぶ』連続講座

今回の講師は、現代日本を代表する作曲家のひとり、細川俊夫先生。「声の力-私の音楽において-」と題し、ご自身の音楽における「声」、日本の伝統音楽における「声」、声のカリグラフィー(書)、音のいのちとしての「声」、始原の「声(歌)」等々、どこまでも「声」を求め「声」を究める先生の音楽世界を、多彩な音と映像を交えてご紹介くださった。

18世紀から19世紀にかけて、調性のある平均律の音楽:構築された音楽が世界を制覇し、世界中の民俗音楽は衰退してしまった。20世紀になると、それまで表現できなかったものを表現しようとする動きが起き、西洋音楽は無調の時代を迎える。それから約百年。先生がベルリンに留学された1976年当時、西洋の音楽はすでに行き詰まり、民俗音楽が力を盛り返していた。そんな時世に、日本を遠く離れたベルリンで能を鑑賞し、お琴を聴き、先生は、初めて日本の伝統音楽を「音楽」として聴くことが出来たという。

日本固有の文化を捨て去り、平均律による構築された音楽を絶対の基とした、わずか150年ほどの、日本独自の、極めて特殊な西洋音楽の歴史。その根底には、圧倒的な西洋崇拝がある。本家本元の西洋で、その絶対の基であるはずの構築された音楽がいかに行き詰ろうと、日本の西洋崇拝は厳として揺るがない。しかしそれでも、1960年代に入ると、ようやく日本(東洋)独自の音楽が生まれ、西洋にもそれらを受け入れる素地が出来た。第一世代の旗手は、武満徹、尹伊桑だ。二人に続く第二世代の作曲家として、先生は、自分の声(音楽)、自分の音楽の根源への探求を続けられている。

真言声明との出会いから創案された声のカリグラフィー(書)。美しい。ひとつの音がいのちを持ち、音そのものとして存在する世界。余白:間があるから声が在り、声が在るから間:余白がある。始まりも終わりもない世界。混沌開基の一点。

「恋歌」(1986)は、まさに声とギターのカリグラフィーによる作品。画布にみたてた空間に揺れるギター、寄り添う声。両者は二つでありながらひとつになり、彼方へと流れていく。言葉は発音することによっていのちを得、歌うことでより躍動し、やがて混沌開基の一点へ向かう。

先生は、楽器を声の延長と定義される。バスフルートによる「息の歌」は、音になる以前の息、精霊としての息、声の根源にあるものとしての息が奏でる無言歌、言葉なき歌。

武満徹へのレクイエムとして書かれた「歌う木」では、自然の音、自然い近づく音を歌うことで自然の一部になる、というかつて日本の音楽が理想としたものが表現された。「すでに在るもの:音の河を実現することが作曲だ」という武満の言葉が紹介されている。

オペラ「二人静」では、現代の悲劇の象徴としての難民ヘレンと、過去の悲劇の象徴としての静御前が、時空を超えてひとつになる。能舞台の橋掛かりが意味するように、目に見える世界と見えない世界、耳に聞こえる世界と聞こえない世界、とどのつまり、あの世とこの世は、実は繋がっている。歌うことによって声が世界に溶けていく。それは自我の溶解、魂が浄化されていく過程。

自分の「声」、自分を超えたより深い「声」、声と言葉の生まれる根源の場所から生まれてくる野性的な始原の声(歌)、始原の宇宙への憧れ…。宇宙と自分の声が結びついている、そんな音楽を書きたい、と結ばれ、講義が終了した。

僭越ながら、最初から最後まで、いたく共感して拝聴した。声のカリグラフィーは、私にとってのヴォカリーズそのものであり、「息の歌」には、自分の体内をのぞきこんでいるようなリアルな感覚があった。「宇宙の気、始原の気、その「気」が地上に顕現した時、「声」になる。宇宙の気を表現するために「声」は存在するのではないか?」とのお言葉には、思わず膝を打つ思い。「声」は、「歌」は、メディアになる。聖き祈りにもなれば、悪魔の囁きにもなる。

静かに、穏やかに、深い憧憬を込めて語られる「声」そして「歌」…。
ふと思う。音楽家には、大別して二つのタイプがあるのかもしれない。より広く外へ向かって音楽をする人と、より深く内奥を見つめて音楽をする人と。いや、これは音楽家に限らない。人としての生き方の別なのかもしれない。内なる高みを求める心は、やがて天を仰ぐ。モンポウが十字架のヨハネの詩を好み、ビクトリア・デ・ロス・アンへレスが聖テレサを愛したように。

こんなリンクを見つけました。
『細川俊夫 音楽を語る』 人は花、人は絃、人は時

日本初演された細川先生のオペラ「松風」に感銘を受けた山根基世さんが、ぜひ!と招聘され、今回の登壇が実現したとのこと。メインの受講者である朗読を学ぶ皆さんのみならず、歌い手にとっても垂涎もの。極めて貴重な時間でした。ありがとうございます。

演奏会形式によるオペラ「二人静」


by Megumi_Tani | 2019-07-13 23:37 | 講座/セミナー | Comments(0)

第2期 連続講座「声の力を学ぶ」第3回   

元NHKアナウンサー室長山根基世さんが主宰される「第2期『声の力を学ぶ』連続講座
第3回を聴講させていただいた。
★第1期のレポートはこちら ⇒ 第1期『声の力を学ぶ』連続講座

今回の講師は、今を時めく声優ビジネス界の雄、南沢道義氏。「声優ビジネスの未来~声優100年を目指して~」と題し、声優の歴史、マーケットへ向けたプロデュース、現在の状況、将来への取り組みなど、若者の憧れの職業「声優」について、貴重かつリアルなお話をお聞かせくださった。

洋画や海外ドラマでも声優さんはお馴染みだ。あの俳優さんの声はあの声優さん!とお名前が浮かぶ方も多い。「アフレコ」とは?声優の仕事とはどのように進められるのか?あたかも大工さんが一軒の家を建てるようにコツコツと細かい作業を積み重ねていく、と表現されたそのプロセスは、規模も市場もまるで比較にはならないものの、一年、一年半をかけてコツコツとリサイタルを創り上げていく私達の作業とどこか似ている。

声優業の歴史は、1.誕生期、2.成長期、3.第2次成長期、4.第3次成長期に分類されるそうだ。誕生期における声優は、音響効果のひとつとしか捉えられていなかった。成長期を迎えた1970年代後半から1980年代後半にキャラソングが誕生。作品ごとにCDアルバムが展開されるようになった。第2次成長期になると声優業はマルチ化、女性声優ブームが訪れ、ビジュアルも売りの要素として重要視されるようになった。そして現在は第3次成長期。ネット文化、2.5次元舞台、スマホゲーム、バーチャルYoutuberの出現等々により、声優界は人気アイドル百花繚乱。まさに破竹の勢いで発展を続けている。

新人さん発掘のキーワードは、ずばり「金(カネ)になる声」とのこと。オーディションで原石と思われる若者を見つけ出し、声楽、ダンス、日舞、空手等レッスンを施し、適切な時期に売り込みをかける。今は声優が同時にアイドルでもある時代。最初からアイドルとして仕掛ける手法もあるそうな。

”復古創新”の精神のもと、2015年には世界初の声優ミュージアムをオープンされた。ベテラン声優さんが所蔵する台本等の貴重な資料から人気の若手の紹介まで、声優の「これまで」と「これから」が展示されている。平成30年には、声優界の未来を見据え、デジタルボイスパレットを設立。音声合成技術の活用、発声権の確立など、声優100年:声優長寿社会を目指した取り組みを始められた。

そもそも、アニメにもアニソンにも疎い私。その業界の最先端のお話、明瞭明確なスピード感に、ただただビックリ。本当に同じ2019年、同じ令和元年を生きているの???
そして、デジタルボイスか…。私達、クラシックの歌い手は、基本的にナマ声で歌う。もっともアナログな世界で声を感じ、声を探り、声を磨き、声で悩み、まだもっと何かあると悪戦苦闘。ホールの響きに身を委ね、その日その時その瞬間の己の声に賭け、作品をよりよい形でこの世に顕現させるべく腐心する。そんな在り方しか知らないところがある。

クラシック。古典的、とも訳せるこの言葉がやけに身に沁みた午後。

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by Megumi_Tani | 2019-06-15 00:48 | 講座/セミナー | Comments(0)

第2期 連続講座「声の力を学ぶ」第2回   

元NHKアナウンサー室長山根基世さんが主宰される「第2期『声の力を学ぶ』連続講座
第2回を聴講させていただいた。
★第1期のレポートはこちら ⇒ 第1期『声の力を学ぶ』連続講座

今回の講師は、作家の阿刀田高先生。「耳で聞く小説、目で読む小説」と題し、小説とは? 読書とは?図書館とは?朗読とは?ベストセラーとは?推理小説とは?モチーフとは?漫画と小説の違いとは?etc,etc。多岐にわたる内容を自由にユーモアたっぷりに語ってくださった。

先生は子どもの頃、ご家族でよく「ことば遊び」をされたそうだ。「オランウータン」という名前を覚えたのは、その「ことば遊び」の中で「オ」がつく動物の名前をいち早く言うためでした、と、懐かしそうに語っておられた。「ことば遊び」への関心が「言葉への関心」となり、やがて読書へ心が向かい、自然に読書好きになられたそうだ。

「自分の好きな言葉」を見つけることの大切さもお話くださった。ただ単に耳で聞いて意味が分かるだけではなく、その言葉を話せる、使える、つまり自ら活用できる言葉にすることが鍵だ。先生のお好きな言葉として「畢竟」「つきづきしい」「一期一会」「粛々」を挙げられた。「畢竟」は中勘助『銀の匙』から、とのこと。そういえば…三十数年前、単身スペインに渡る際、「あちらで日本語が恋しくなったら読んでください」と、とある知人がプレゼントしてくれたのが『銀の匙』だった。バルセロナのアパルタメントの部屋で何度も読んだっけ…。

“小説とは何か” についてのアフォリズムとして、小林信彦(谷崎潤一郎の言葉の引用)、伊藤整、坪内逍遥、山口瞳らによる箴言をご紹介くださった。ほぼすべてが ”歌とは何か” に置き換えられるようで興味深い。ちなみに、伊藤整は、北海道の母校の大先輩だ。

最後に、朗読の際の句読点の扱いについて、受講生さんから質問があった。「同じ作品でも ”文字として書かれたもの” と ”朗読されるもの” とでは、その在り方が違う。朗読する者は、作家に一定の尊敬を保ちながら、自ら工夫を凝らす必要がある」と阿刀田先生。奥様で朗読家の阿刀田慶子 氏が「文章の心をすくい取ること、自分の朗読を見つけることが大切です」と纏められた。

歌にも似たようなことが言える。” 書かれたもの ” と ” 演奏されるもの ” としての楽譜の在り方には違いがある。書かれたものとしての楽譜にいかに命を吹き込み、その作品にふさわしい最良の姿でこの世に顕現させるか。歌い手は、作曲家、作詞家に最大の敬意を保ちながら、ああでもない、こうでもない、と、試行錯誤を重ねることになる。おそらくは、その始まりも終わりも分からないプロセスの中から ”自分の歌” が形成されていくのだろう。「メグミはメグミの歌を歌え」と、バルセロナの師によく言われたものだ。まさにアフォリズム、金言だったなぁ…。

何とも粋なお話しぶり!
「耳で聞くエッセイ」を楽しませていただいた上質な時間でした。

こんな動画を見つけました。



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チケット好評発売中!
第27回谷めぐみスペイン歌曲リサイタル
『スペイン浪漫Ⅳ』
2019年5月19日(日)午後2時開演
会場:Hakuju Hall
詳細は、HPをご覧ください⇒スペイン浪漫Ⅳ
ご来聴をお待ちしています!

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by Megumi_Tani | 2019-05-10 22:33 | 講座/セミナー | Comments(0)

第2期 連続講座「声の力を学ぶ」第1回   

元NHKアナウンサー室長山根基世さんが主宰される連続講座『声の力を学ぶ』第2期がスタートしました。「声」をキーワードに、毎回多彩な講師が広くて深い話題を楽しく分かり易く語ってくださるこの講座。脳も心も刺激され興味が尽きません。今期も引き続きレポートをお届けしてまいります。
第1期のレポートはこちら ⇒ 『連続講座「声の力を学ぶ」

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第2期第1回の講師は、東大大学院教授、言語脳科学者の酒井邦嘉先生講座全体のコーディネイトを務めていらっしゃる酒井先生と山根さんとの対話形式で、まず初年度の各回を振り返り、続いて「脳から心、そして声や言葉をめぐって」をテーマに、お二人の楽しいトークが繰り広げられた。

ノーム・チョムスキーというお名前をご存知だろうか?文系のものとされていた言語学をサイエンスの対象とし、人間の言葉は自然科学で扱えることを世界で初めて示した方だ。東大で物理を学び、理系の道を歩んでいた酒井邦嘉先生の人生を大きく転換させた方でもある。チョムスキー理論がもたらしたコペルニクス的発想の転換、人間の脳には「生得的普遍文法」が備わっていること、「生得説」と「学習説」の違い、あらゆる人間の言語に共通する「木構造(tree structure)」etc。言語そのものの根幹に関わるお話を酒井先生が分かり易く解説してくださった。

チョムスキー?言語学がサイエンス?普遍文法?木構造?…と思われた方は、酒井先生の近著『チョムスキーと言語脳科学』をぜひどうぞ。私も含め、門外漢、ド素人の人間でも理解できるよう、易しく、読みやすく、書かれています。
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次々と繰り出される山根さんの質問に酒井先生がユーモアたっぷりに即答!そのお答えにまた山根さんが絶妙のお返し!くつろいだ実に楽しい時間…。講座の途中で気が付いた。お二人の声がリラックスしている。お互いへの信頼、安心のようなものが声に溢れているから、自ずと場が和み、参加者も知らず知らずのうちに柔らかい気持ちになる。これぞまさに声の力!今期も楽しみです。

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by Megumi_Tani | 2019-04-12 21:51 | 講座/セミナー | Comments(0)

「声の力を学ぶ」連続講座 第12回   

元NHKアナウンサー、山根基世さんが主宰される連続講座『声の力を学ぶ』第12回を聴講させていただいた。

今回の講師は、京都大学大学院 人間・環境学研究科教授、生物言語学・進化言語学者の藤田耕司先生。「言語と声と音楽:その進化的関係を探る」と題し、人類だけがもつ能力といわれる言語と音楽について、他の動物との比較、研究を交えながら、お話しくださった。

言語とは、現生人類だけが持つ普遍的な形質である。言語は単一の能力ではなく、複数の下位機能の結合として成立する複合的能力だ。言語と音楽との共通点は、人類固有かつ普遍的であること、そして階層構造をもつことである。

動物ゲンゴ(あえてカタカナ)と人間言語の比較に関しては、チンパンジー、イルカ、プレリードッグ、鳥、ミツバチ、ベルベットモンキー等々の興味深い写真、動画をご紹介くださった。踊る大捜査線ならぬ踊るミツバチ君のダンス言語には、「今、ここ」に限定されない超越性があり、これは人間言語に近いものだそうだ。プレリードッグがもつ4種類の警戒コールには、対象物の大きさ、形、色の情報に加えて品詞らしきものも含まれているという。鳥は、家畜化による淘汰圧の緩和によって、さえずりに文法をもつようになった。つまり人間に飼われるようになって住居と食料の心配が無くなり、生きることが楽になった結果、さえずりに文法をもつ余裕が出来た、というわけだ。リズムに乗って歌を歌う小鳥ちゃん、音楽に合わせてチャーミングに踊る小鳥ちゃんの動画に、会場から歓声!

しかし、動物ゲンゴが依存しているのは(せいぜい)語順である。他方、人間言語は、階層構造に依存している。人間だけが階層的文法をもち、階層的言語構造は人間の認知作用を司る。汎用階層構造処理能力が、運動、言語、音楽に分かれたのではないか。動物ゲンゴでは命題内容と情動負荷が未分離だが、人間言語では情動と命題が分離した。階層文法をもつ言語が命題内容を、音楽が情動を担うようになった。音声は、階層構造ゆえに生じる曖昧性を解消するために重要な役割を果たしている。

現代の言語コミュニケーションにおける問題点として、情動や共感への過度の依存が挙げられる。人間は領域横断的なあらゆるものを組み合わせる豊かな想像力と創造性を唯一の武器として生き抜いてきた。言語も音楽もその組み合わせによる産物である。

と、極めて文系頭の私が、極めて大雑把に、極めて簡略に纏めさせていただいた(^^;;  
お読みになってお分かりの通り、漢字熟語続出!素人には触れ難い最先端の研究の端っこの端っこをほんのちょっぴり垣間見た思いがした。

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さて、昨年4月にスタートした「声の力」連続講座は、今回で丸一年のカリキュラム終了。在って当然、しかしよく考えると不思議な存在である「声」について、豪華、多彩かつ個性豊かな講師の先生達が様々な角度から熱く語ってくださった。山根基世さんの魅力的なお人柄、絶妙のリード、遠方からも駆けつけていらっしゃる熱心な受講生さん達…。会場の雰囲気も温かい。おかげ様で、私も大いに刺激を受け、楽しく学ばせていただいた。
誠に僭越ながら、第4回には講師の末席を汚させていただいたことにも感謝したい。ありがとうございました。

★今年度の全講座レポートは、こちらのページでご覧になれます。

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第27回谷めぐみスペイン歌曲リサイタル『スペイン浪漫Ⅳ』
2019年5月19日(日)午後2時開演
会場:Hakuju Hall
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プログラム、曲目紹介、チケットご購入等々、
詳細は、HPをご覧ください⇒『スペイン浪漫Ⅳ
ご来聴をお待ちしています♪



by Megumi_Tani | 2019-03-15 22:29 | 講座/セミナー | Comments(0)

「声の力を学ぶ」連続講座 第11回   

元NHKアナウンサー、山根基世さんが主宰される連続講座『声の力を学ぶ』第11回を聴講させていただいた。

今回の講師は、神経内科医の岩田誠先生。「声が言葉になるまで-知性の誕生ー」と題し、動物の進化と声と言葉との関係、芸術と声と言葉との関係、知性の誕生と声と言葉との関係etcについて、ユーモアを交えて、たっぷりお話しくださった。

動物の進化史上、自ら子育てをする鳥類、哺乳類に至って、初めて、声が必要になった。ネアンデルタール人は声を言葉に出来ていた。死者を葬ったが副葬品はない。石器を作ったが骨器はない。道具は単純なハンド・アックスで、これが何十万年もの間変わらなかった。特筆すべきは、障害者介護をしていた痕跡があることだ。と、ここで突然、スペインの地名が出て来た。「Sim de Huesos」その名も「骨の穴」!ここで見つかった43万年前のネアンデルタール人の頭蓋には、仲間殺しをした痕があるという。ハァ…史上初の仲間殺しが証明された地がスペインとは(^^;;

障害者介護と仲間殺し、つまり、利他行為と故殺。いずれもヒト族以外の動物にはほとんど見られない行為だ。種の保存という進化の原則からみればマイナス効果を及ぼすこの両行為を、なぜヒト族は行うのか?そこには、声と言葉による情動的コミュニケーションが関与しているのではないか?

言語機能の本質は模倣にある。ヒトの赤ちゃんは生後数日で母親の声を認識し、4か月児になると母親のオウム返しを模倣する。いくつものプロセスを経て、概ね2歳で二語文での発話が可能になる。このような言語能力の発達は描画能力の発達と深い関係がある。言葉の発達とともに描画の対象が広がりをみせ、文章能力の発達とともに状況図を描くことが出来るようになり、やがて、概念的リアリズムを以って空間的位置関係を正確に描くようになる。

では、ヒトはいつから描き始めたのか?と、ここで再びスペイン登場!(故殺の痕跡だけじゃなくてよかった(^^;; )最古とされるのは、4万800年前のエル・カスティ-ジョ洞窟壁画だ。ほかにもスペインのアルタミラエル・カスティ-ジョラ・パシエガ、フランスのショーヴェ等に、貴重な洞窟壁画が残されている。

「洞窟」は日常生活の場ではなかった。ヒトは、非日常の特別な場としての洞窟に入り、力強い大型動物や呪術師と思しきヒトの姿を描いた。絵が描かれた洞窟は音響効果が高く、特にバリトンやバスの声がよく響く。骨製、木製の楽器も作られた。暗い洞窟、仄かな明かり、地鳴りのように低く響く声、素朴な楽器の音色、呪い舞うヒト…。絵画洞窟の中では、総合アートによる「祈り」が行われていた。芸術、すなわち絵画、音楽、舞踏、歌謡等々は、ヒトの脳のみに可能な活動だ。芸術行為とは「祈り」の表現だったのではないか?芸術と医療と祈りはひとつだったのではないか?

最後に「声が言葉になって可能になったこと」として、以下の5つを挙げられた。
1.過去の記憶と未来の展望
2.不可解な現象の説明
3.社会的な関係の分析
4.自己存在理由の認識、確認
5.他者の存在の理由づけ

声というものの原初から芸術、知性の誕生まで!
とても興味深く学ばせていただきました。

★「声の力講座」第1回から第10回のレポートは、こちらのページでご覧になれます。

エル・カスティ-ジョ洞窟壁画



第27回谷めぐみスペイン歌曲リサイタル『スペイン浪漫』
2019年5月19日(日)午後2時開演
会場:Hakuju Hall
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by Megumi_Tani | 2019-02-15 22:51 | 講座/セミナー | Comments(0)

「声の力を学ぶ」連続講座 第10回   

元NHKアナウンサー、山根基世さんが主宰される連続講座『声の力を学ぶ』第10回を聴講させていただいた。

今回の講師は、音楽・音声ジャーナリストとして、講演、執筆等で幅広くご活躍の山崎広子さん。「人生を変える「声」の力」と題し、声とは何か、心身への声の影響力とは、声と社会や歴史との関わりetc、「声という音」について様々な角度からお話しくださった。

あまりにも普通に、何気なく使っている「声」について、あらためて考えたことがあるだろうか?気道に異物が入らないようにするための膜である声帯を発音源とし、二酸化炭素を排出するための呼気をエネルギーに使い、空気の通り道である声道を共鳴させ、消化器の一部である口腔、歯、舌、唇によって構音される…それが「声」。声専用、発声専用の器官などというものは人体のどこにも無い。それなのに当然のように存在し、人間に大いなる影響を与える「声」。一体「声」とは、何ぞや???昨今では、聴覚と脳の研究が進展し(聴覚心理学、認知神経科学etc)、その謎の解明が進みつつあるそうだ。

「声」は顕在意識と潜在意識の両方に働きかける。会話や演説で、内容として顕在意識に残るのは1、2割程度であり、内容よりも「声という音」に含まれる無数の要素が圧倒的に人の感情を左右する。「声」は、時として言葉よりも雄弁に何かを語る。

目は自らの意志で閉じて情報をシャットアウトすることが出来るが、耳にはそれが出来ない。耳がキャッチした音情報はすべて無意識のうちに脳に取りこまれ、人間は無自覚のままその影響を受ける。そんな「声」は、古代シャーマニズムにおける儀式や霊との交信、キリスト教における教会建築や聖歌、はたまた戦意高揚のためのプロパガンダ等に利用されてきた。ラジオ、テレビ、映画等、音声マスメディアの発達も見逃せない。「声」の影響力が歴史を作った、といえるかもしれない。ちなみに、あのクレオパトラも絶世の美女ではなく、絶世の「声」の持ち主だったそうな。

日本人の声とメンタリティーについても熱く語られた。日本人女性の声は世界一周波数が高い。これは暗黙の社会的圧力の下、作り声⇒作られ声を出すことを余儀なくされているからではないか?作られ声⇒自分が納得しない声を常に使っていると、自己肯定感が低下し、心身のストレスが増す。逆に、オーセンティック・ヴォイス:本物の声⇒自分が納得する声を使って生きることは、自己肯定感を高める。

「声」は自分の個人情報を曝け出しているようなもの。恐れず自分の声と向き合い、自分の心身が納得する「自分の本物の声」を見付け、声を生涯の味方にしましょう!と、力強く結ばれた。豊富な資料、尽きぬ話題に、アッという間の2時間だった。

ふと、ずっと昔聴いたラジオ番組が蘇った。詳細は忘れたが、「魅力的な声」について考える番組だったと思う。「絶世の声」で囁けばあらゆるものが口説き文句になる、という命題の下、俳優の細川俊之さんが、定食屋のメニューをゆっくりと読み上げて行く。「親子丼800円、鯵のフライ定食780円、カツ丼900円、オムライス650円…」最初はどこかの定食屋の店内をイメージして聴いていたが、いつの間にかそんな絵は消え失せ、ただただ柔らかく甘い細川さんの声にうっとり…。ご講義にあった通り、カツ丼だ、親子丼だという内容を越えて、細川俊之さんの「声」が圧倒的に聴く者の心を動かしていた。

ずっと前(2011年!)に、こんなブログを書いたことも思い出した。「鼻ラッパ

質問コーナーで、山根さんがAIについてお尋ねくださった。「限りなく人間の声に近づけたものが出来ても、それは人間の声とは違う」との山﨑さんのお答えに、そうだ!と、いたく共感。

初音ミク嬢なるものが現れて以来、ずっとそう考えて来た。人間の声に限りなく近いAIの声はこれからもどんどん開発されるだろう。ワ~!〇〇さんの声そっくり!と誰もが歓声を上げる?! しかし、同じ人間でも昨日の声と今日の声と明日の声は同じではない。朝と夜でも声は違う。どこにいるか、誰と一緒にいるかでも出る声が違う。歌い手の立場で言えば、昨年の声と今年の声、あの作品を歌う時の声とこの作品を歌う時の声は違う。同じ作品を歌っていても昨日と今日では歌い方はが違い、そこで響く声も違う。それはその日の体調や気分だけで決まるものではない。説明のつかない「何か」が閃いたり、閃かなかったり、様々に変化するからだ。ましてコンサートとなれば、共演者、お客様、会場etc、様々な要素が加わり、溶け合い、昇華され、歌い手本人にも予測のつかない「声という音の世界」が生まれる。そこは計算を越えた領域。機械のように正確無比なものではない。揺らぎある、不確実な世界。しかしそこには、声の持ち主にも計り知れない無限の未知の世界が広がっている。

「この講座、深いですね」隣の席の方が、しみじみ呟かれた。
ご縁に感謝!

★第1回から第9回のレポートは、こちらのページでご覧になれます。

★伝説の番組NHK『映像の世紀』が、東京フィルハーモニー交響楽団、加古隆さんのピアノ、そして山根基世さんのナレーション!で蘇ります。
詳細はこちら⇒『NHKスペシャル映像の世紀コンサート


2014年、話題になった山﨑広子さんの著書
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by Megumi_Tani | 2019-01-11 22:50 | 講座/セミナー | Comments(4)

「声の力を学ぶ」連続講座 第9回   

元NHKアナウンサー、山根基世さんが主宰される連続講座『声の力を学ぶ』第9回を聴講させていただいた。

★第1回から第8回のレポートは、こちらのページでご覧になれます。
山根基世「声の力」講座

今回の講師は、詩人、俳人、随筆家、翻訳家としてご活躍のアーサー・ビナードさん。
タイトルは「ケモノの声が出せるか?日本語と英語の源について」。アメリカ、ミシガン州に生まれ、日本で学び、活動するようになられたご自身の歩み、他言語との出会い、他言語で考える楽しさ、アルファベット「R」が表わすもの、翻訳とは何か、言葉とは何か、etc,etc。ユーモアたっぷりのお話は尽きるところがない。最後には、自ら制作された貴重な「紙芝居」もご披露くださり、素敵な二時間が終了した。

アーサーさんの綴りは「Arthur」。意味は熊。「熊五郎ですね」などと笑いを取っておられたが、Arthur に入っているアルファベット「R」は、本来とても勢いのある、強烈な発音を表わす。「Arthur」にはその強烈な「R」が2つもある。日本語で言うちょっと息が抜けた感じの「ああさあ」は、ずい分印象が違うそうだ。関連して、日本語のラリルレロは「R」か「L」か、という問題もある。どちらかといえば「R」??しかし厳密には、そのどちらでもない。「R」は迫力、「L」は優しさ。両者は対極にある。そもそも「R」と「L」は別物なのだ。

絵本『はらぺこあおむし』を題材に、翻訳の真髄についても語られた。翻訳とは、単なる言葉の置き換えではない。言葉の奥にあるものを掘り起こし、掘り下げ、深い根底を確認し、創作すること。そのためには、言葉の奥にある力学を知らねばならない。

アーサーさんは数多くの絵本の翻訳を手掛けておられる。講座後半には、まずそのなかのひとつ、世界的大ヒット曲「What a wouderful word」の歌詞をアーサーさんが翻訳した『すばらしい みんな』を、絵とともに、読み語ってくださった。
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続いて、昆虫語という我々人間には分からない言葉による絵本「なすずこのっぺ?」の読み語り。単語の意味はチンプンカンプン、まったく分からない。しかしそれでも、アーサーさんが深い抑揚をつけて読み、語る声に、会場全体が惹きこまれていく。この絵本に込められたアーサーさんの熱い思いが、真っ直ぐに伝わって来た。
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スペイン語の歌に携わる者として、今回の講座はとても身近に感じられるお話だった。
「R」と「L」は、外国語の歌を歌う日本人にとって永遠の課題だ。「R」と「L」は別物だと言われても、我々には、そもそも別物と捉える感覚が無い。二種類のラリルレロをいかに明確に区別して発音するか、という本来ありえない目的のために、日本語脳には刷り込まれていない舌の動きと悪戦苦闘するハメになる。翻訳についてのお話には、いたく共感。まさに膝を打つ思い。昆虫語による読み語りには、「あぁ、スペイン語の歌を聴いているお客様の大半は、こんな感じなのかなぁ」と、あらためて実感。意味がダイレクトに分からない。でも、何とかして作品にアプローチしようと耳と感性を研ぎ澄ます感覚。そして……アーサーさんの昆虫語による読み語りは、たしかに私達の心に届いた。その根底には、アーサーさんのこの作品への愛がある。そして「声の力」がある。

「日本に来て、母国アメリカを客観視することで、逆にアメリカの中に入り込むことが出来た」とも語っておられた。外国文化に関わっておられる方々の中には、共感される向きも多いのではないだろうか。私も、スペインという国に深く触れることで、日本という国に対するより客観的な視線が養われたような気がする。

講座の締めに、山根さんが紹介されたこの本。鋭いです。
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by Megumi_Tani | 2018-12-15 22:40 | 講座/セミナー | Comments(0)

「声の力を学ぶ」連続講座 第8回   

元NHKアナウンサー、山根基世さんが主宰される連続講座『声の力を学ぶ』第8回を聴講させていただいた。第1回」「第2回第3回」「第4回」「第5回 」「第6回」「第7回
(谷めぐみ登壇の様子が山根さんのHPで紹介されています声の力を学ぶ 連続講座

今回の講師は、森一弘司教様。「いのちとしての言葉(ダバール)聖書の世界から」と題し、聖書で語られる「力・光・命」としての言葉について、ご自身の体験を交えながら優しくお話しくださった。

「ダバール」とは、ヘブライ語。「ことば」と訳されるそうだ。ラテン語における己を表現/主張するための「ことば」、ギリシャ語における思索/伝えるための「ことば」、そして日本語における言の端としての「ことば」、「ダバール」はそのいずれでもない。「ことば」を発する主体のありよう、そこに軸足をおく。

「ことば」を発する主体が豊かであたたかければ、その人の発する「ことば」は受け取る人を豊かにあたためる。主体-being-と主体が触れ合い、響き合う。そこに命、力、光が生まれる。その人の存在のありようから発せられる「ことば」、それが「ダバール」。

トリイ・ヘイデン著「檻のなかの子 憎悪にとらわれた少年の物語」を例に、ことばを発する主体の安定、豊かさ、誠実さについても説かれた。周りの世界が不安定で信じられないことから、魂の奥底に深い怒り、悲しみ、憎しみを抱え込んだ少年。ヘイデンがその彼を信じ、彼の痛みに共感し、誠実に忍耐強く関わりつづけることで、少年は少しずつ心を開いていく。真に共感してくれる人に出会えたとき、人は初めて孤立感から抜け出せる。共感から発せられることばは相手を支え、生かす。

「ことば」は主体の心のありようそのもの。主体の心のありようを載せている。
「ことば」は、力、光、命であるとする聖書の世界の『ことば』に対する意味づけは、「ことば」を発する主体の豊かさ、あたたかさを前提にしたもの、と結ばれた。

淡々と語られる、森司教様のお声、そのお話のありように共鳴し、知らず知らずのうちに、こちらのありようがあたたかく揺すぶられる。まさに、ダバールのあたたかい光をいただいた90分だった。

「ダバール、いいですね…」いつも隣のお席にいらっしゃる方と思わず笑顔でうなずき合った。元々の意味は「内側から吹き出してくる息吹き」。そんな歌が歌えたらいいな、と思う。
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by Megumi_Tani | 2018-11-09 22:41 | 講座/セミナー | Comments(0)

11月8日朝刊に掲載されました♫   

11月8日付毎日新聞朝刊に、「毎日メディアカフェ『知られざるハバネラの魅力』 」の記事が掲載されました。ご参加くださった皆様、お世話くださった毎日メディアカフェの皆様に、あらためてお礼申し上げます。

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by Megumi_Tani | 2018-11-08 11:03 | 講座/セミナー | Comments(0)