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日本の歌@バルセロナ   

今日3月7日は花粉症記念日。バルセロナから帰って数年後の3月7日、いきなりクシャン!クシャン!くしゃみの連発に見舞われた。発症後数年は悪化の一途をたどり、どこかの時点で下げ止まり。以降、花粉感知度高め安定をキープしている。そして、もうひとつ、3月7日はフェイスブック記念日。こちらはまだほんの数年のキャリアだが、折々の旬の情報に加えて、時々、思いもがけない記事に遭遇できるのがありがたいというところか。
本日、記念日

さて、そのフェイスブックに流れてくる情報の中に、見慣れた楽譜の写真を見つけた。
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3月8日バルセロナで、コンサート『Del Oriente Lejano...(遥かなる東方から)』が開かれる、会場はグラナドスゆかりのマーシャル音楽院内アリシア・デ・ラローチャ・ホール。そこで『日本民謡集』の中から数曲が演奏されるのだ。これは嬉しいニュース♪

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さっそく投稿者の歌い手さん、Monicaに、初めまして&お祝いのメッセージを送った。
(これがFBの便利なところ)
すぐに返事が届いた。「ありがとう!メグミ!マエストロからメグミと一緒にこの楽譜集を作った時の話を聞きました。表紙題字はメグミのパパが書いてくれた、ということも」「そうそう。バルセロナ市庁舎『百人会議の間』で、マエストロと私が初演しました」「メグミ、ぜひ会いたい。明日インタビューを受けることになっているから、そこでその初演の時の話をしてくれませんか?」「素敵ね!お邪魔したいのは山々だけれど…私は東京在住。ちょっと遠いかなぁ…」「それは、ちょっとじゃなくて、かなり遠い…」
(これがFBの愉快なところ。世界中どこにいても、気分はご近所)
「De Tokio lejano(遥かなる東京から)ご成功をお祈りしています」
「ありがとう!」

こんな出来事があると、あの時、頑張ってよかったなぁ、と思う。ひょんなことから恩師の『日本民謡集』出版をお手伝いすることになり、1985年の今頃は、まさに東奔西走していた。「Hola! バルセロナ(31)
楽譜集が完成したのは、出版記念特別演奏会のギリギリ前日!「Hola! バルセロナ(42)
由緒ある「百人会議の間」に日本の歌が響いた、忘れられない思い出だ。

第1曲「さくら」は特に繊細で美しい。ビクトリア・デ・ロス・アンへレスも気に入り、歌ってくれた。まもなく丸七年を迎える東日本大震災の年のリサイタルでは、万感の祈りをこめて私も歌わせていただいた。恩師はもとより、スペインの人々の日本への憧憬の念は深い。「楽譜」という形があれば、これからもささやかに歌われる機会があるだろう。

Mi querida Barcelona。愛おしい日々に感謝を込めて。
歌修業日記『hola! バルセロナ』
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by Megumi_Tani | 2018-03-07 13:25 | Musica あれこれ | Comments(0)

海のカテドラル~百人会議の間   

『海のカテドラル』~巷で話題のこの本、もう読まれた方もいらっしゃるだろうか。14世紀のバルセロナを舞台にした歴史エンターテイメント小説は、主人公が、非道、理不尽、残酷極まりない社会そして運命に翻弄されつつも、たくましく力強く生きるストーリー。展開が速く、思わず先へ先へと読み進んでしまう。バルセロナ通の友人が「これ、いけますよ」と薦めてくれたのもうなずける。
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物語のまだ始まりの部分で、主人公の義理の叔父が「百人会議」のメンバーに任命されるのを今か、今かと待っている記述がある。繁栄を極めた中世バルセロナでは、名誉市民に商人、職人階級を加えた「百人会議」が成立していた。1374年開催の第一回会議から会場として使用されてきたのが、市庁舎にある「百人会議の間」である。

話は20世紀に飛ぶ。1985年6月、その由緒ある「百人会議の間」で、私は歌った。師マヌエル・ガルシア・モランテ編曲による「日本民謡集」出版記念特別演奏会が開かれたのだ。私はこの曲集の歌詞・解説の西訳を担当していた。日本語をひと文字づつ手書きし(パソコンはおろかワープロもない時代だった)、表紙の題字は父に依頼。無事完成、出版にこぎ着け、最後の仕上げが、この演奏会というわけだった。
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バルセロナ市主催「百人会議の間」で開かれる演奏会、というのは、普通の出来事ではないようだった。師の準備にも熱が入り、事情を知った人からは「素晴らしい。おめでとうございます」と声をかけられた。当日の招待客は皆、正装。私には、師の奥様が、亡き母上から受け継いだという大切な美しいレースのボレロを着せてくれた。開会の辞、市のお偉方の長い祝辞、師の謝辞、その後、おもむろに演奏。「百人会議の間」に日本の歌が響き渡った。

師は、第20回リサイタルのために寄せてくれたコメントの中でも、この想い出に触れている。

「海のカテドラル」を読んでいると、モンジュイックの丘から見た地中海が目に浮かぶ。ゴシック地区の喧騒が蘇る。誇り高き自由都市バルセロナ。「百人会議の間」での演奏会は、私が考える以上に、名誉ある晴れ舞台だったのかもしれない。

by Megumi_Tani | 2010-07-11 08:24 | 本の窓 | Comments(0)